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ミズノ株式会社
2025.12.22

日本企業の底力を——パラアスリートとともに歩んだスポーツ用義足開発の歴史

2021年の東京パラリンピック。陸上競技のトラックを駆け抜けたあるパラアスリートの足元には、日本の技術が結集した義足がありました。スポーツ用品メーカーのミズノ株式会社と福祉機器メーカーの株式会社今仙技術研究所が共同開発した義足です。

もとの開発は2008年の北京パラリンピックに始まり、幾度もの試行錯誤を経て、東京パラリンピックで一つの結実を迎えました。しかし、このストーリーは単なる製品開発の成功譚ではありません。そこには、パラスポーツの普及という大きな課題に向き合い続けた17年間の挑戦があったのです。

ある学生との出会い

開発の歴史は1990年代半ばにさかのぼります。日常生活用の義足にカーボン素材が使われるようになり、その延長線上で「走るための義足」の可能性が見え始めました。海外では既にスポーツ用の板バネ型義足が登場しており、今仙技術研究所も2008年の北京パラリンピックに向けて開発をスタートさせました。

当時、愛知県 (2011年に岐阜県各務原市に移転 ) に本社を構えていた同社がスポーツ用義足に目を向けたきっかけは、同じ愛知の義肢装具士養成校に在籍していた学生でした。その学生こそ、後にパラリンピアンとして活躍する山本篤(やまもと あつし)選手です。

山本選手は北京パラリンピックで今仙技術研究所が開発したスポーツ用義足を使用し、走り幅跳びで銀メダルを獲得しました。

その後も市場での要望に応える形で開発を継続していましたが、次第にその規模は縮小せざるを得ませんでした。主な原因としては、業務を担当するスタッフ不足と費用対効果でした。

「会社としては利益があってこそ。少ない開発人数ですべてをまかなうのは困難でした」と、同社LAPOC事業部 LAPOC技術課で技師を務める後藤学(ごとう まなぶ)さんは振り返ります。パラ陸上の競技人口の少なさという根本的な課題が、ビジネスとしての継続を難しくしていたのです。

転機が訪れたのは2013年9月。東京でのパラリンピック開催が決定したことです。「せっかく日本で開催されるなら、国内のメーカーがもう一度挑戦すべきではないか」。そんな機運が社内で高まり、今仙技術研究所は再びスポーツ用義足の本格的な開発に乗り出すことを決意しました。

そして2014年、運命的な出会いが訪れます。ミズノのグループ会社であるミズノ テクニクスがスポーツ以外のカーボン製品事業を展開していたのを知った今仙技術研究所は問い合わせを入れました。ちょうどその頃、ミズノでも東京パラリンピックに向けて何かできることはないかと模索していたのです。今仙技術研究所は 岐阜県の各務原市に、ミズノ テクニクスの本社工場が岐阜県の養老町にあって地理的に近いことも幸いし、両社はすぐに協働を開始することになりました。

ミズノにとっては、これは本格的なパラスポーツ用具開発の第一歩でした。「それまで車椅子用のカーボンホイールなどは作っていましたが、パラスポーツに特化した製品開発は初めてでした」とミズノのグローバルイクイップメントプロダクト部 先行開発課の宮田美文(みやた よしふみ)参事は語ります。スポーツバイオメカニクスやカーボン製品のノウハウを持つミズノと、義肢装具の専門知識を有する今仙技術研究所。両社の強みが融合することで、新たな挑戦が始まりました。

現場の不便から生まれた専用フットカバー

当初の目標は、膝下切断者と膝上切断者の両方が使用できる、汎用性の高い義足を作ることでした。そこでの最大の課題は、着地の仕方にありました。膝が残っている選手は、足を前に出した状態で着地できます。しかし、膝がない選手は、足を振り下ろして膝を伸ばしながら着地しなければ、体重をかけられません。この違いを一つの板バネで解決するには、着地位置によってバネ特性が変わる設計が必要でした。

そこで国立科学スポーツセンターとの協働で、走行時の動作解析などを行いました。こうしたスポーツ科学の手法と、義肢装具の専門知識を組み合わせることで、最適な形状を追求していったのです。そうして2016年に完成したのが「KATANAβ(ベータ)」でした。

共同開発は板バネ本体の改良だけではありませんでした。選手たちが抱える日常的な不便さにも目を向けることで、画期的な製品が誕生しました。それがスポーツ用義足板バネ専用のスパイクソールおよびフットカバーです。

従来、スパイクピンを取り付けた板バネは、トラック上では優れた性能を発揮するものの、トラック外では歩行が困難でした。加えて、床を傷つけてしまうため、ランニングシューズの先端部分を切り取ってスパイクにかぶせ、紐でくくりつけるという手間のかかる作業が発生していました。

この課題を解決したのが、着脱式のフットカバーです。ミズノはかつて米国のカール・ルイス選手に、消耗の激しいスパイクピンを保護するためのカバーを提案した経験がありました。そのコンセプトを応用し、義足専用のフットカバーを開発したのです。

2015年1月には試作品ができ、選手たちに実際にウォーミングアップなどで使ってもらい、改良を重ねました。完成したフットカバーは2016年のリオパラリンピックで複数の選手に使用され、好評を得ました。今なおロングセラー商品として多くのパラアスリートに愛用されているといいます。

高桑早生選手との二人三脚

KATANAβをローンチした後、スポーツ用義足のさらなる進化を目指し、開発チームは原点に立ち返りました。

さまざまな形状を試しましたが、選手のフィーリングが良くてもタイムが伸びなかったためです。その理由は「慣れ」にありました。長年使いこなした義足を変更すると、新しい走り方を習得するのに時間がかかり、短期間でベストタイムを更新するのは容易ではないのです。

そこで着目したのが「軽さ」でした。単純な重量だけでなく、振りやすさを左右する慣性モーメント、そして空気抵抗の削減です。最も板バネを振る速度が速い部分に空気が通る孔を設けるアイディアを発想し、数値流体力学(CFD)解析で空気の流れを可視化し、形状を最適化。風洞実験で実証した結果、約3割の空気抵抗削減に成功しました。こうして2020年に完成したのが「KATANAΣ(シグマ)」です。

このような開発にはアスリートたちとの密接なつながりが不可欠でした。中でも高桑早生(たかくわ さき)選手との絆は深いものがあります。

高桑選手には埼玉県陸上競技協会との関係でウェアなどの用品を提供していました。このネットワークがあったため、製品開発にも協力的だった高桑選手は、頻繁に実験場やトラックに足を運び、試作品を試走しました。そのフィードバックや収集データなどを元に、開発チームは改良を重ねました。

※高桑選手と「KATANAΣ(シグマ)」

「選手との契約は、スパイクやウェアを提供する代わりに開発に協力してもらうというものでした。ただし、義足は自分の足に代わるもの。無理に特定の製品を使ってもらうような依頼はできません。ですから最終的に東京パラリンピックでKATANAΣを選んでくれたことは何よりの喜びでした」と宮田さんは顔をほころばせます。

スポーツ用義足のさらなる普及を目指して

スポーツ用義足の開発チームの視線は、トップアスリートだけに向けられていたわけではありません。

より多くの人々にスポーツの機会を提供したいと、KATANAΣとは別に、より手軽に利用できる普及モデルの開発も進められました。それがスポーツエントリー層向け義足板バネ「KATANAα(アルファ)」です。

「中学生や高校生が部活で使えるような義足も必要です。いきなり何十万円もする競技用の製品は買えません。シューズと同じように段階的なラインナップが必要なのです」と後藤さんは訴えます。

その一方で、課題も山積しています。最大の問題は、事業としての採算性です。これまでスポーツ用義足の開発を継続できたのは、助成金の活用があったからです。国や自治体の研究開発助成金を獲得し、高額な開発コストを賄ってきました。

もう一つの大きな壁があります。支給制度の問題です

「厚生労働省からも義足開発には助成金が出してもらえるのですが、製品を補装具支給制度で購入したいと申請しても認められないのです」と後藤さんは現状を指摘します。

「理由は『普段使いのものではない』から。でも、子どもが体育の授業で走るためには必要じゃないですか。そう訴えても、スポーツ用義足は支給制度の対象外という状況です。

公費で支給されるのは、見た目が足に似た義足です。しかし、それでは十分な運動機能を得られません。この制度的な壁が、普及の大きなハードルとなっています。

それでもミズノは今仙技術研究所とともに開発を続けていきます。その背景には、「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する」という企業理念があります。

「38年前に入社したとき、正直何を言ってるんだと思いました」と苦笑しつつも、「社内には『儲からないからやめろ』という声もありましたが、それでも続けてこられたのは、この理念があったからです」と宮田さんは力を込めます。

ミズノは現在、パラスポーツだけでなく、ユニバーサルスポーツの普及にも力を入れています。例えば、同社が考え出した「500歩サッカー」では、選手一人当たりの歩数を500歩に制限することで、年齢や体力などを問わず、参加者全員が平等に楽しめます。

「高齢化社会が進む中、体が不自由になる人は増えていきます。こうした技術開発の考え方は、障がいのある方に限らず、より多くの人が普通の生活を送れるようにすることにつながるはず」だと宮田さんは意気込みます。

ミズノと今仙技術研究所が長年取り組んできた障がい者支援。その先には誰もが自分らしくスポーツを楽しめる社会が待っているはずです。

ミズノ株式会社
ミズノ株式会社
住所 大阪市大阪市住之江区南港北1-12-35
担当部署 ミズノお客様相談センター
電話 0120-320-799
お問い合わせ https://help.jpn.mizuno.com/hc/ja/requests/new?ticket_form_id=29304235734291
URL https://corp.mizuno.com/jp
株式会社今仙技術研究所
住所 岐阜県各務原市テクノプラザ3-1-8
担当部署 LAPOC事業部
電話 058-379-2727
メール info@imasengiken.co.jp
URL https://www.imasengiken.co.jp
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