支援企業・団体の声
山本光学株式会社
2025.12.22
全盲のパラ水泳選手を支えるゴーグルはいかにして誕生したのか?
創業から110年を超えるアイウェア製造メーカー山本光学株式会社。同社が2012年に発売した光を遮断するスイミングゴーグル「ブラックゴーグル」は、視覚障がいS11クラス(全盲もしくはそれに近い状態)のパラ水泳選手たちに革命をもたらしました。それまで、このクラスの選手は市販のゴーグルを油性フェルトペンで黒く塗りつぶして使用。わずかでも光が入っていれば失格となるレースで、塗装が剥がれる不安を抱えながら戦っていたのです。

今やこのブラックゴーグルは世界パラ水泳連盟(WPS)公認となり、国内のみならず世界のパラ水泳選手からも愛用されています。さらには2021年の東京、2024年のフランス・パリの両パラリンピックでは同社の山本直之(やまもと なおゆき)社長がメダルプレゼンターを務めるまでになりました。そうした立場に認められるまで一体どのような道のりがあったのでしょうか。スポーツ事業部取締役の河口勇太(かわぐち ゆうた)さん、同事業部マーケティング部課長の山尾優太郎(やまお ゆうたろう)さん、同事業部海外課の千々岩彩音(ちぢいわ あやね)さんに話を聞きました。
「快適」と「安全」が組み合わさったものづくり
1911年に眼鏡レンズの加工からスタートした山本光学は、防塵眼鏡、水中眼鏡へと事業を拡大。1970年代からはスポーツアイウェアブランドとして「SWANS(スワンズ)」を展開。現在SWANSブランドはスイミングゴーグル、スキー・スノーボード用ゴーグル、スポーツサングラス、バイク用ゴーグルなど幅広い製品をラインナップしています。
同社のものづくりを支えるのが「Comfortable safety(快適な安全)」という事業テーマです。「快適」と「安全」を組み合わせ、真にユーザーのためになる製品を生み出しています。「安全性は数値で表せますが、快適性は感覚的なもの。この2つの要素を融合させることが私たちの開発の真骨頂です。現場主義を大切にし、開発やデザインを含むチームでお客さまの空気感や言葉を現場から集めています」と山尾さんは説明します。

そうした思想の中で生み出されたのが、ブラックゴーグルでした。
そもそもパラスポーツとの関わりは何だったのでしょうか。2011年ごろ、パラ水泳の関係者から相談を受けたのがきっかけでした。
パラ水泳のS11クラスは、競技の公平性を保つため、全選手が光を通さないゴーグルの着用を義務付けられています。しかしそれ以前、専用品は存在しておらず、一般のスイミングゴーグルを油性フェルトペンで黒く塗りつぶして使っていました。その手間に加えて、仮にレース前後のマテリアルチェック(選手が競技で使用する用具が、競技規則に適合しているか確認するための検査)で光が入っていれば失格になってしまうため、「選手にとっても、審判にとっても大きな負担でした」と山尾さんは話します。
こうした状況を改善したいという相談があり、同社はブラックゴーグルの製造に着手。既存の競泳用ゴーグルと同じ型を使い、レンズ部分には光を完全に遮断する素材を用いるなど工夫を重ねました。
既存のモデルを使用することで開発自体はスムーズだったそうですが、販売数量を見込めるものではないため、社内での事業判断は難しいものでした。それでも山本社長はゴーサインを出したのです。
「ゴーグルを始めとしたアイウェアは基本的にはなくても競技は成り立ちますが、このS11クラスでは絶対に不可欠。野球でバットが必要なのと同じです。このようにスポーツの根幹を支えられることに、会社として大きなモチベーションがあったようです」(山尾さん)
こうして、アイウェアメーカーとしての使命感からブラックゴーグルの製造・販売が決定しました。
世界とつながる偶然の出来事
発売から13年が経った今、ブラックゴーグルは世界中に広がりました。そして山本光学は国内10人、海外2人のパラ水泳選手をサポートしています。海外選手とはどのように接点を持ったのでしょうか。
主にパラスポーツを担当する千々岩さんが振り返るのは、キプロスのカロリナ・ペレンドリトゥ選手との出会いです。

「最初は普通のお客さまでした。お母さまがECサイトでブラックゴーグルを購入されたんです」
その後、驚くような内容のメールが母親から届きました。ペレンドリトゥ選手はブラックゴーグルで大会に出場し、世界新記録を樹立したというのです。千々岩さんはすぐに上司に報告し、2021年から会社としての本格的なサポートが始まりました。サポート内容はゴーグルやキャップなどの製品提供や、選手の意向に沿ったパーツカラーのカスタマイズなどです。サポートに際しては成績だけでなく、お互いにコミュニケーションをしっかり取って、選手からもきちんフィードバックをもらいながら、一緒により良い製品を作っていける『SWANS愛』の強さも大切にしているといいます。
ペレンドリトゥ選手をこれまで4年間支援してきた中で、千々岩さんが忘れられない出来事があります。

2023年、英国・マンチェスターで開催された「パラ水泳世界選手権」。千々岩さんは初めてペレンドリトゥ選手と母親に対面し、しかも、その大会でメダルプレゼンターを務めました。さらにペレンドリトゥ選手は100メートル平泳ぎで金メダル、50メートル自由形で銅メダルに輝きました。「サポートしている選手に直接メダルを渡せるなんて。お母さまもすごく喜んでくださいました。何度もハグをしたのは思い出深いです」と千々岩さんは目を細めます。
パラ水泳の普及にも一役
山本光学が支援してきたのは選手個人へのサポートだけではありません。パラ水泳の普及活動にも力を入れています。例えば、2025年からはNPO法人が主催するパラ水泳の体験会に協力しています。第1回に参加した河口さんは次のように語ります。

「ブラックゴーグルを装着して視界が見えない中、選手と一緒に水中を歩いたり、泳いだりします。歩くのも泳ぐのも大変だと痛感した参加者たちは、改めてパラ水泳の選手のすごさを知ることができました。また、私たちも自社の製品がこのようにパラスポーツの世界で広まり、皆さんのお役に立てていることを肌で感じることができ、誇りに思っています」
なお、同社はパラ水泳に加えて、ゴールボール競技用アイシェード(目隠し)も製造しています。こちらは2017年ごろにゴールボール競技関係者からの依頼を受け、ボールが当たった際の安全性を高めた専用品の開発に挑みました。

さらに2025年の大阪・関西万博では、音を字幕表示によって可視化するスマートグラス「Versatile(バーサタイル)」を出展。「例えば、聴覚障がいの方がランニング中に救急車が近づいたとき、センサーで拾って表示する。そういった使い方につながると考えています」と山尾さん。現在は溶接作業の教育ツールなどとして活用されており、将来的なスポーツへの展開も視野に入れています。
会社に宿る「ユーザーファースト」の精神
このように支援を多方面に広げている山本光学ですが、根底には会社の理念である「ユーザーファースト」の精神が宿っています。
「パラスポーツは対象とする数が少ないという現実がありますが、できる範囲でしっかり応えていく。競技環境と選手のモチベーション向上に貢献したいです」と山尾さんは意気込みます。ブラックゴーグル単体では収益は限られているかもしれませんが、その価値は計り知れません。
「ブラックゴーグルは世界とつながるチャンスを作ってくれました。パラリンピックで金メダルを獲得する選手が出ることで、社内のモチベーションは上がります。それが社員の誇りにもつながっています」(山尾さん)
創業110年を超える歴史の中で培ったComfortable safety。それは今、パラスポーツという舞台で新たな輝きを放っています。油性フェルトペンで塗りつぶされたゴーグルで戦っていた選手たちに、公平で安全な競技環境を。体験会を通じてパラスポーツの魅力を。そして将来、聴覚障がいのある方にも役立つスマートグラスを。
ビジネスの採算だけでは物事をとらえず、常に社会的な価値を追求する姿勢が、世界中のパラアスリートを支えています。「見えない世界」で戦うアスリートたちを、これからも山本光学は応援し続けます。

山本光学株式会社
| 住所 | 東京都文京区後楽1-4-14 8F(東京支店) ※本社は大阪府東大阪市長堂3-25-8になります。 |
|---|---|
| 担当部署 | スポーツ事業部 |
| URL | https://yamamoto-kogaku.co.jp/ |

