TEAM BEYOND CONFERENCE
パラアスリート雇用成功の秘訣 〜企業・競技団体からの事例紹介〜
2024年7月25日(木曜日)、ステーションコンファレンス東京にて、TEAM BEYOND CONFERENCE「パラアスリート雇用成功の秘訣 〜企業・競技団体からの事例紹介~」を開催しました。インクルーシブな社会に向けて、障害者雇用率の引き上げや合理的配慮の義務化などを背景に、パラスポーツに着目して既に取り組んでいる企業と所属アスリート、競技団体の視点から「パラアスリート雇用」の現状と課題、今後の展望をお話しいただきました。
基調講演「アスリート雇用の現状と可能性~競技団体視点で考える企業の新しい価値創造について~」
- P.UNITED(パラスポーツ9中央競技団体プロジェクト)
- 一般社団法人 日本知的障害者水泳連盟 常務理事
- 新井 静 氏
- 一般社団法人 日本パラカヌー連盟 事務局長
- 上岡 央子 氏
- 特定非営利活動法人 日本パラ・パワーリフティング連盟 事務局長
- 吉田 彫子 氏
まず始めは、パラスポーツで国内初の取り組みである9つの中央競技団体の共同プロジェクト「P.UNITED」から日本知的障害者水泳連盟の新井氏、パラカヌー連盟の上岡氏、日本パラ・パワーリフティング連盟の吉田氏による基調講演を行いました。
上岡氏は冒頭で、「東京2020大会以降、パラスポーツへの関心が高まったが、現在は少し低迷している。パラアスリート雇用も同様で、一部のメジャー競技は人気で、支援や雇用が集まっているが、その一方で、マイナー競技のアスリートは雇用や競技環境にも恵まれていない。そういった中で共通の課題を持つ九つの競技団体が一緒になることで、より課題解決に近づけるのではないか」とパラスポーツが抱える課題とP.UNITEDの活動目的を語りました。
続いて、企業がパラアスリートを雇用する三つのメリットを紹介しました。一つ目は、アスリート雇用による「広告塔という形での対外的な広報への活用」。二つ目は、仕事と競技(遠征やトレーニング)を両立する一部アスリート雇用による「インナーモチベーションアップや社内外広報への活用」。そして、新しい視点の三つ目のメリットとして、個人と企業の希望がマッチした雇用である「同じ社員として一緒に活躍できる」事例について、「多様性と受容性」をキーワードに紹介しました。
具体的には「パラアスリートの競技人生は長く、40代、50代になってから競技を始めるアスリートも少なくない。そういったアスリートたちのチャレンジし続ける姿が、周りの社員にもポジティブな影響を与えている」事例が一つ目。「アスリート活動だけでなく、これまでの社会人経験の評価もプラスして雇用につながり、障がい者採用枠の作り方のアドバイスなど企業に貢献できる人材として活躍し続けている」事例が二つ目。三つ目に「若いアスリートや社会経験の少ない知的障害のアスリートを雇用することで、アスリート個人の成長だけでなく、受け入れる側の気付きと工夫、インナーモチベーションアップにもつながっている」事例を紹介していただきました。
最後に、パラアスリート雇用を検討している企業へのメッセージとして、「アスリート雇用はアスリートと企業間で完結していることが多く、対外的な広がりを生みにくいが、同じ課題をもって集まる9団体のP.UNITEDが、企業とアスリートの間に入り、連携の輪をつくることによって、企業・アスリートと並走(サポート)していきたい」と語り、基調講演を締めくくりました。
企業からの事例紹介
「オープンハウスが築くキャリア1.5」
- 株式会社オープンハウスグループ
- オペレーションセンター部長
- 市川 友和 氏
- コミュニケーションデザイン本部 主任
- 小須田 潤太 氏
- ・東京2020パラリンピック 男子走り幅跳び 7位入賞
・2023年パラスノーボードワールドカップ男子スノーボードクロス (LL1)1日目優勝、2日目 2位
基調講演に続き、企業側の視点として事例をご紹介いただいたのは、株式会社オープンハウスグループ(以下、オープンハウスグループ)のオペレーションセンター部長を務め、障がい者雇用推進を担当している市川友和氏と、コミュニケーションデザイン本部主任で広報を担当し、アスリートとしても活躍する小須田潤太氏です。
まずは市川氏から、「オープンハウスグループは企業規模の拡大に合わせて障がい者雇用も近年拡大している。2022年にはグループ内の障がい者雇用を担う専門セクションとしてオペレーションセンターを立ち上げ、サポート体制の強化や雇用の強化をしており、その結果、障がい者の雇用率2.9%、定着率95%(2023年6月1日時点)となった。今後、障がい者の雇用率3%を目標に、さらに強化を進めている」ことをお話しいただきました。また、「障がいのあるメンバーの雇用拠点は八王子、横浜、柏に駅から近い所にあり、本社とは別に拠点を設けることで落ち着いた業務環境や幅広いエリアでの採用につながっている。」といいます。さらに、「オペレーションセンター内の役職のうち85%は障がい者のメンバーが担っており、自走型の組織を目指して進め、メンバーの希望や適性に合わせたキャリアプランを用意している」と市川氏は語ります。「当然、課題はあるものの、新たな制度や取り組みにチャレンジしながら可能性の幅を広げていこうと取り組んでいる」と前向きにお話しいただきました。
続いて、小須田氏からは「2016年からパラ陸上競技を始め、本気でパラリンピックに出場したいという思いから転職を決意し、一般職としてオープンハウスグループに入社。当時は通常勤務後の夜間や休日に練習をしていたが、現在は冬季の競技メインで活動することを認められている」と話します。入社の決め手としては、「義足の購入費用や遠征費など、健常者に比べて費用がかかるため、給与以外でのサポートが必要となる。また、競技レベルが上がるにつれて、練習時間も必要になってくる。その雇用条件で一番良く、面接もスピーディーに進んだ当社に決めた。」と語ります。さらに、現在は競技メインで活動することになった経緯としては「入社後3年目の東京2020パラリンピック1年前のタイミングで、競技に集中したいという思いを上席に伝えたところ、真摯に向き合ってもらい、競技に専念させてくれた。パラアスリートの中でも大変恵まれた環境にいる」と話していただきました。
市川氏からは「小須田がいることで、グループの中でアスリート雇用の仕組みをつくったりとか、メンバーを増やすことにつながった。また、小須田のアスリートとしての活動は社内でも評判で、障がい者のメンバーも勇気づけられ、社内のモチベーションアップにもつながった。オープンハウスグループにはやる気のある人を受け入れる理念があり、失敗してもリベンジしていこうという文化がある。まさに小須田の競技に対する取り組みやキャラクターがオープンハウスグループの前向きなマインドと合致しており、それがグループ全体に良い影響をもたらしている。アスリートは全部で2名いる中で、小須田が道を切り開いており、さらに広げて行きたい」と語ります。
小須田氏は今後の目標について、「会社が与えてくれている環境に対して全くお返しができていない。アスリートである以上、ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会で金メダルを獲得することにこだわって全力でやっていきたい」と力強く語りました。一方、市川氏は小須田氏に期待することとして、「プロセスも重要だが、良い結果を出してもらって社内を勢いづけるだけでなく、自分自身の立ち位置も掴み取ってほしい。小須田を見てオープンハウスグループに入ってみたいとか、私にもできるのではないかという人が一人でも増えてほしい」と語る。
そして、最後に市川氏はパラアスリート雇用を検討している企業へのメッセージとして次のように語り、締めくくりました。
「やはり、障がい者雇用はアスリートであるか否か問わずチャレンジだと思う。障がいのある方を初めて受け入れる時にどういう準備が必要かはインターネットで調べれば分かるが、その通りにはいかないことが多い。まずは雇用してみて、そのアスリートの本音や実態を確認しながら制度や仕組みをつくっていくくらいの柔軟性が必要だと思う。オープンハウスグループも企業規模の拡大に伴い、障がい者雇用やアスリート雇用の拡大、雇用体制もさらに強化していく」
企業からの事例紹介
「企業が捉える障がい者スポーツ・アスリート支援」
〜現役・引退後のセカンドキャリアでの活躍〜
- トヨタ自動車株式会社
- トヨタスポーツ推進部 企業スポーツ室 スポーツアセットグループ長
- 桑原 大輔 氏
- 渉外部
- 森井 大輝 氏
- ・ソルトレーク2002パラリンピック冬季競技大会から
北京2022パラリンピック冬季競技大会まで6大会出場(銀メダル4回、銅メダル3回)
・アルペンスキーワールドカップ総合優勝3回
・世界選手権優勝5回
最後の事例紹介では、トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)でトヨタスポーツ推進部企業スポーツ室スポーツアセットグループ長を務める桑原大輔氏と、渉外部に所属し、パラリンピックメダリストでもある森井大輝氏から、トヨタのアスリート支援についてご紹介いただきました。
まず、トヨタスポーツ推進部でアスリート支援に携わっている桑原氏が、トヨタとスポーツの歴史に触れ、「トヨタは創業と同時に陸上部を設立し、今では数多くの運動部やプロチームを持つなど、スポーツと共に成長してきた」と語りました。また、「『チャレンジ』『ネバーギブアップ』『チームワーク』「リスペクト』は、トヨタの価値観、企業風土そのものであり、『多様な人々が活躍し支え合い、生きることのできる世界』『誰もが自分自身の不可能に挑戦できる開かれた社会』を目指し、パラスポーツ支援を通じて得られた様々な気づきを活かして、共生社会の実現に向けて共に取り組んでいこうという思いはトヨタのフィロソフィーである『幸せの量産』と『Mobility for All』にも通じる」と言います。
さらに「トヨタでは、大会の協賛といった支援だけでなく、アスリートの声を生かした用具開発技術支援も行っており、その活動は人材育成にもつながっている。ほかにも、地域貢献活動といった普及活動を通じて健常者と障がい者との壁をなくし、共に共生社会の実現を目指して動いていきたい」とトヨタの活動を紹介いただきました。
続いて、パラアルペンスキーのアスリートである森井大輝氏からは、入社の経緯やトヨタでの活動について説明がありました。
森井氏はソチ2014パラリンピック冬季競技大会後に、「このままでは世界に追いつかれ、追い越されてしまう」という危機感を感じ、「チェアスキーを作れる会社に転職しよう」「日本のモノづくりを活かして性能の良いチェアスキーを作れば当分抜かされることはない」と思っていたところ、豊田章男社長(現・会長)が発信していた「もっといいクルマをつくろう」というメッセージが「もっといいチェアスキーをつくろう」というように聞こえ、当時勤めていた会社を退社し、トヨタに入社されました。
現在は、競技費用や用具開発の支援、栄養面や充実したトレーニング環境といった競技に専念できる環境を構築してもらうなど、「世界一のサポートを受けている」と語る森井氏。「多くの社員が応援に駆けつけてくれることもアスリートにとって大きな力になっている」と言います。
さらに森井氏からは、自身が携わっているという「ネオステア」開発について語っていただきました。「朝、豊田章男社長(現・会長)と駐車場であった際に、片手でアクセルとブレーキ、もう一方の手でハンドルを操作するといった手動装置は長時間の運転になると大変で、将来的には自動運転という技術もあるが、やはり思い通りに車を運転したいし、性能を最大限に出したい」という話をしたところ、その日の午後にはプロジェクトが立ち上がり、1ヶ月後にはデザインができ、その2ヶ月後にはシミュレーターができていて、1年後には実際に搭載されていた。また、使用した健常者からも「運転しやすいという声が聞けたことも嬉しかった」と振り返ります。「困りごとに対して耳を傾け、トヨタの技術を使って開発をし、生活を豊かにしてくれる。障がいのある人のために開発したものが、健常者にも役立つ。『ネオステア』をできるだけ早く市販化し、たくさんの笑顔をつくっていきたい」と今後の展望を語りました。また、アスリートとしては「ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会で金メダルを目指します」と力強く宣言しました。
桑原氏は最後に締めくくりとして、前向きにこう語りました。
「パラアスリートを含めて競技を引退するアスリートには、今後も社業を通じて活躍してもらいたいと思っている。同時にパラアスリートとしての経験を活かして、地域貢献や競技普及に向けても活動してもらいたい」
交流会
「ブラインドサッカーⓇから学ぶコミュニケーション~」
- 協力:特定非営利活動法人 日本ブランドサッカー協会
・ファシリテーター/上谷 誠大氏
・選手/駒崎 広幸氏
カンファレンス終了後、交流会に入る前にワークショップを実施しました。講師を務めたのは、特定非営利活動法人 日本ブラインドサッカー協会の上谷誠大氏と、協会の職員でありながらアスリートとしても活躍する駒崎広幸氏。
ブラインドサッカーのワークショップは目隠しを使って視覚をOFFにした状態で、参加者同士、聴覚と触覚を頼りにコミュニケーションをとることで、相手に伝えることの難しさや、相手を理解することの楽しさを体験できるワークショップです。
参加者は2つのグループに分かれ、それぞれのグループ内で音の鳴るブラインドサッカーのボールを隣の参加者に渡していきます。
最初はアイマスクを外し、視覚をONにした状態でデモンストレーションを行なった後、続いて、アイマスクをつけた状態でボールを渡していきました。
視覚がONの状態では特に必要なかったメンバー同士のコミュニケーションも、視覚をOFFにしたことで必要になります。お互いに声を掛け合い、自分が持っている情報を相手に伝えながら、ボールを回していきました。
さらに、ボールの数や種類、参加者の数を増やし、難易度を上げていくことで、伝えることの難しさ、情報を発信することの大切さ、誰かの情報を受け取ることの大切さを体験しました。
回数を重ねるごとに、参加者に一体感が生まれ、コミュニケーションと笑顔が増えていく様子が印象的でした。
その後の交流会では、ワークショップで生まれた笑顔と一体感のまま、参加者同士で活発な交流が行われました。講演の登壇者も交えて言葉を交わし合い、和やかな雰囲気の中、TEAM BEYOND CONFERENCEは幕を閉じました。