支援企業・団体の声
長瀬産業株式会社
2024.3.29

障害者と健常者が切磋琢磨する「NAGASEカップ」はいかにして生まれたか?

2023年9月初頭、国立競技場――。

出場選手の数、およそ1400人。観客も含めると6000人以上が詰めかけた、国内では珍しいスポーツ大会が開催されました。世界パラ陸上競技連盟(WPA)公認の陸上競技大会「第2回NAGASEカップ」です。

NAGASEカップとは、年齢、国籍、障害の有無にかかわらず、どんな人でも参加できる大会として注目を集めています。2022年7月に開かれた第1回と比べて出場選手数は約5倍に。既に第3回の開催も決定しています。

この大会を特別協賛するのは、化学系専門商社の長瀬産業株式会社(以下、長瀬産業)。一見するとまったく縁のなさそうな同社が、なぜこのようなパラスポーツイベントに深く関わっているのでしょうか。

NAGASEカップの企画や運営などを担当する、同社コーポレートリレーション部 PR課の清水万由美さん、服部有紀さんに“誕生秘話”を聞きました。

和田伸也選手との出会い

長瀬産業の歴史は古く、江戸時代にまでさかのぼります。1832年に京都で紅花や布海苔などを扱う「鱗形屋」として創業した同社は、明治時代以降、化学分野に軸足を置きます。現在は専門商社の機能に加えて、グループ内に製造機能と研究開発機能を持つのが特徴です。

これまで同社では、主にスポーツ振興や地域振興といった観点で社会貢献に取り組んできました。例えば、グループ会社のある岡山県ではプロサッカーチーム「ファジアーノ岡山」などのスポンサーに。ただし、NAGASEカップのような障害者にも目を向けた活動が今まであったわけではありません。ここに目を向けたきっかけは何だったのでしょうか。

2018年のこと。当時の社長だった朝倉研二会長が、知人を介して出会った一人のアスリートに強い関心を抱きます。それが、ブラインドランナーの和田伸也選手です。朝倉会長はパラスポーツの現状や、選手が置かれた厳しい立場などを知り、「和田さんを応援しよう!」と意思決定しました。

「当時、和田さんは働きながらランナーをしていました。競技の練習時間を十分に確保できない環境の中でも目標に対してチャレンジする姿を見て、私たちにも何かできないかというところから、当社のパラスポーツ支援が始まりました」と清水さんは説明します。

具体的には、和田選手を社員として迎え入れて、競技に専念できる環境を提供しようと考えました。とはいえ、長瀬産業には今までアスリートが所属した経験がありません。試行錯誤の連続だったと清水さんは話します。

「前例のないことだったため、まずは和田さんと対話したり、アスリート社員がいる企業にヒアリングしたりと情報収集に努めました。同時に、アスリートを雇用する上でどういった制度が必要なのかを検討しました。いろいろと考えながら整備していった形でしたね」(清水さん)

特筆すべきは、同社がこれらをたった数か月間でやってのけたことです。早くも1か月後の9月に和田選手は入社することができました。

ズレは許さないほどの管理能力

競技専念での所属となった和田選手は、どのようなサポートを受けているのでしょうか。普段は大阪府で生活しながらトレーニングを積んでいる和田選手に対し、毎月の給与のほか、大会出場のための交通費(出張費)、身体のケアにかかる費用などを支援しています。

とにかく競技に専念してもらうのが最大の目的ですが、他方で、和田選手は広報チームの一員であることからも、パラスポーツの普及啓発に向けた体験会の実施、学校や企業での講演などを業務としてこなしているそうです。こうしたイベント活動は、参加者はもちろんのこと、和田選手自身の刺激にもなっています。

こんなこともあったと清水さんが明かします。

「小学生の子どもが和田さんに感銘を受けて、夏休みの自由研究で、目の見えない人をサポートするための装置を考えて発表したという話を聞きました。子どもたちとの交流もちょっとずつ増えてきているので、和田さんもすごくいい経験になっていると話していました」(清水さん)

もちろん、長瀬産業の社員たちも和田選手から学ぶことが多いようです。

「障害の有無は関係なく、和田さんからはアスリートの凄みを感じています。目標に対して自分はどうすべきなのかを、本当に細かく計画を立てていて、ズレは許さないくらい管理しています。例えば、私たちが仕事の日付を伝えると、すぐに『それは◯曜日ですね』と返ってきます。そこまで徹底しているからこそ、結果を出し続けられるのだと驚きました」(清水さん)

和田選手は東京2020パラリンピックに出場し、1500メートルで銀メダル、5000メートルで銅メダルを獲得しました。その時にガイドランナーの重要性を強く認識した同社は、和田選手の伴走を務めている長谷部匠さんとも2022年からアスリート雇用契約を結んでいます。

左から和田選手、長谷部さん

NAGASEカップはこうして生まれた

和田選手との出会い、そして社員に迎え入れたことは、パラスポーツに対する長瀬産業の意識変革の大きなターニングポイントになりました。その集大成の一つがNAGASEカップの立ち上げです。どのような経緯で生まれたのでしょうか。新卒入社時から携わってきた服部さんが振り返ります。

「和田さんをお迎えしてから、私たち社員は新たな気付きや価値観に触れる機会がとても増えました。目が見えない人へ関わり方と、和田さんのアスリートとしてのすごさを体感するうちに、当社だけではなく、より多くの人たちにもこの新たな気付きを提供したいと感じるようになりました。そこでNAGASEカップという陸上競技大会を企画する運びとなったわけです」(服部さん)

ちょうどその頃、一般社団法人日本パラ陸上競技連盟(JPA)も企業との連携を求めていたようでした。

「コロナ禍で多くの大会が延期や中止になって、陸上選手たちがかなりモチベーションを下げていました。NAGASEカップをWPA公認の大会に位置付けることで、選手たちが公式の記録を作れたり、自分の実力を試す機会になったりします。JPAとしてもそうした場を必要としていました」(服部さん)

お互いの利害が一致し、新たな大会の開催に向けて一気に動き出しました。

この大会がユニークなのは、年齢、国籍、障害の有無にかかわらずあらゆる人が出場でき、一緒に競技を行うことです。

「アスリートたちのチャレンジを応援したい以上に、高いレベルで競い合ってほしいという思いがありました。あるパラアスリートをインタビューした時に、実際に同じレーンで走った健常者から『すごい』と言われたことがモチベーションにつながったようで。健常の選手も障害がある選手も切磋琢磨じゃないですけど、可能な限り区分を作らずに、純粋にトップアスリートが頂点を目指して競い合う大会であってほしいと考えました」(清水さん)

大会運営経験もない手探り状態の中、2022年7月、第1回の開催にこぎ着けました。ただし、準備期間は2か月ほどしかなく、周知がほとんどできなかったといいます。その反省を踏まえて、第2回は1年以上もかけて準備。どのような改善を加えたのでしょうか。

「社内には毎週何かしらの告知をしていました。また、情報発信をしていく中で、見るだけではなく、自らも体験する場を作ろうとなったのが大きな変化でした。社員向けにパラスポーツを体験するイベントをやろうと、社内広報担当が企画してくれたんです。そこで、競技用の車いすを借りてきてタイムアタックをしたり、2人1組になって1人がアイマスクをつけて目が見えない役、もう1人がガイド役として歩く体験をしてみたり。実際に私たちも初めて車いすに乗ってみたのですが、とても重い! パラアスリートはこれで時速70キロとかを出しているんだと驚きました」

こうした綿密な準備をして迎えた第2回は、記事冒頭で触れたように集客につながり、盛況のうちに幕を閉じました。

「パラスポーツはかっこいい!」

NAGASEカップはさまざまな効果をもたらしています。一つは、社内のつながりが強まったことです。大会運営を手伝ってもらう社員ボランティアは回を重ねるごとに増えていると同時に、運営面などでいろいろなフィードバックをもらう機会ができました。来年はこういう大会にしてはという提案もあれば、「すごくいいコンセプトの大会だから、もっと上手にPRしてほしい」というような厳しい意見もあったそうです。その意見は、不定期だったイントラネットでのPRを定期にすること、パラスポーツ社内体験会を実施することにつながりました。

「厳しい意見をいただけるのは皆さんが自分事として考えてくれているということなので、嬉しかったです」(清水さん)

この他にも、ボランティアを経験した社員は、それぞれの所属部署で大会のPRをしてくれるなど、さまざまに貢献してくれたそうです。
また、NAGASEカップの会場に掲げられたメッセージボードには社員からの寄せ書きが多数ありました。

「東京本社以外の社員にもNAGASEカップに関心を持ってほしいという思いから、メッセージを書いてもらうことにしました。でも、いきなりメッセージを書いてよと言われても困るでしょうから、事前にNAGASEカップについての説明会を開いて協力を仰ぎました。結果的に全国の拠点やグループ会社から、想像以上の数のメッセージが送られてきたのは嬉しかったですね」(清水さん)

もう一つは対外的なアピールです。大会名に社名が入っているため、以前と比べて社会一般への露出機会が格段に増えました。これは着実に企業ブランディングにも結び付いているのを実感しています。

そして何よりも、「誰もが参加できるインクルーシブな大会」というコンセプトの下、健常者も障害者も関係なく、皆が同じフィールドに立つことの大切さを改めて認識したことです。

「例えば、会場で車いすレースのそばを通った時に、想像以上に速くてびっくりしたとか、後ろからものすごく加速してきた障害者の選手に抜かされたとか、そういった驚きの声は参加者からけっこう聞きますね」と清水さんが言うと、服部さんも次のように続きます。

「パラスポーツはどうしても障害者のリハビリに見られたり、健常者と比べてレベルが低く思われたりして、ずっと悔しい思いをしてきたという車いすの選手がいました。でも、NAGASEカップのレースを通じて観客の目が変わり、パラスポーツのかっこよさが伝わったみたいです。ありがたい機会をいただけたとコメントしてくれました」(服部さん)

インクルーシブの輪をさらに広げる

NAGASEカップの規模が大きくなっていることもあって、今後は自社だけでなく、どんどん外部のパートナーとも連携していきたいと考えています。加えて、社内に対するパラスポーツの普及啓発も続けていきます。

東京本社の社員にはだいぶ認知が広まったとはいえ、他拠点やグループ会社に対してはまだまだだと痛感しているため、例えば、和田選手との交流会を増やすなど、もっと身近なものとしてとらえてもらいたいといいます。

NAGASEカップの第3回は今年10月の開催が決まっています。今まで以上に「インクルーシブの輪を拡げたい」と清水さんは意気込みます。

「例えば、耳が聞こえない聴覚障害の方など、今は身体的機能の障害に限定されていますけど、広い意味では、精神的あるいは経済的に問題を抱えている人たちも障害ではないでしょうか。次回はそこまで対象を広げられないかと考えています」(清水さん)

見たことのない景色へ。長瀬産業はそんな世界をこれからもスポーツを通して実現していきます。

長瀬産業株式会社
担当部署 コーポレートリレーション部 PR課
住所 〒100-8142 東京都千代田区大手町二丁目6番4号 常盤橋タワー
電話 03-3665-3640
URL https://www.nagase.co.jp/nagasecup/
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