支援企業・団体の声
株式会社ゼンリンデータコム
2025.6.5
競技と仕事を両立し、デフリンピックに挑む選手を支える独自の取組とは?
聴覚障がいがあるデフアスリートを中心に構成する「ZDCアスリート倶楽部」を社内で立ち上げた企業があります。地図情報を元に各種ソリューションを提供する株式会社ゼンリンデータコムです。
同倶楽部には現在、デフバドミントンの長原茉奈美(ながはら まなみ)選手、矢ヶ部紋可(やかべ あやか)選手、鎌田真衣(かまた まい)選手、デフサッカーの原口凌輔(はらぐち りょうすけ)選手、岡田侑也(おかだ ゆうや)選手、そしてパラ陸上の又吉康十(またよし こうと)選手の6人が所属しており、競技でより高いパフォーマンスを発揮できるよう、さまざまなサポートを受けています。
アスリート雇用そのものが初めての試みだった同社が、なぜここまで力を入れるようになったのでしょうか。その背景と取組に迫ります。
法定雇用率アップがきっかけに
ゼンリンデータコムでアスリートの雇用が始まったのは2018年。起案者である同社取締役でZDCアスリート倶楽部統括部長の鈴木伸幸(すずき のぶゆき)さんは経緯をこう振り返ります。

「当時、私はコーポレート本部長兼人事部長という立場でして、人事部から『法定雇用率が2018年4月に引き上げられるため現状では足りません』という報告がありました。そこで障がいのある方々をどのような形で採用していくべきか検討していたところ、偶然、パラアスリートを紹介するエージェントと出会う機会に恵まれました」
鈴木さんはパラアスリートについては認識していたものの、デフアスリートについては知りませんでした。日本では「デフ」という言葉自体の認知度が低く、聴覚障がいがあるアスリートが、競技に打ち込む環境も十分に整備されているとは言えない状況でした。
エージェントとの会話で、デフアスリートへの支援がまだ不十分であることを知った鈴木さんは、会社として何かできることはないかと考え、支援に乗り出すことを決断。何人かのアスリートを紹介してもらい、最終的に長原選手含め3人が入社することになりました。
そして「ZDCアスリート倶楽部」として組織化し、本格的な活動をスタートさせました。単なる雇用にとどまらず、選手たちが競技活動に打ち込める環境作りと、会社としての一体感を醸成することを目指したのです。
採用基準は「競技と仕事の両立」
アスリートの採用にあたって、同社が特に重視しているのが「競技と仕事の両立」です。鈴木さんは次のように説明します。
「採用面接で選手の方々とお話しすると、競技に専念したいという方が多くいらっしゃいます。ただ、当社では基本的には競技と業務を両立していただくことを条件としているため、お断りするケースも実際にありました。なぜ両立が条件なのかというと、アスリートを引退した後も、当社で働いてもらうことが大前提だからです。その際、ずっと競技だけを行って突然業務に移行するのは難しいでしょう」
この方針には、選手たちの将来を見据えた深い配慮があります。アスリートとしてのキャリアには必ず終わりが来るもの。同社では、その後の人生設計まで視野に入れたサポート体制を構築しているのです。
現在は、他の選手とのグループ練習がどうしても必要になるパラ陸上の又吉選手だけが例外的に出社せず、競技のみに専念していますが、残りの5人はそれぞれ部署に属し、日中は通常業務にあたっています。
教職からの新たな挑戦となった長原選手
そのうちの一人、長原選手は人事部門で主に新卒採用を担当しています。彼女は以前、地元の北海道で教員として働いていました。民間企業への転身は大きな決断だったはずです。なぜゼンリンデータコムへの入社を決めたのでしょうか。

「新しい業界にチャレンジしてみたいという思いがありました。各企業でアスリートとしての雇用条件が異なる中、ゼンリンデータコムは実際に働きながら競技を続けられる環境でしたし、自分で試行錯誤しながら成長できると考え、この会社に決めました」と長原選手は意気込みます。
基本的には朝から午後3時まで勤務し、その後はバドミントンの練習に励んでいます。しかし、この働き方は当初から設定されていたわけではありません。長原選手自身の提案によって実現したものでした。
「入社当初は一般社員と同じく午後6時まで勤務し、その後練習という働き方を約2年続けていました。しかし、体調管理も難しく、競技も中途半端になる状況で、自分から積極的に働き方の変更を提案しました」(長原選手)
このことを含めて、会社から一方的に支援を受けるだけでなく、自ら環境を改善していこうとする主体性やチャレンジ精神が身に付いたと、長原選手は自身の成長を感じています。
ゼンリンデータコムのユニークな支援内容
同社のアスリート雇用には二つのユニークな特徴があります。一つは、全選手一律ではなく個別に対応している点です。
「基本的にはアスリートの状況に合わせて柔軟に対応しています。例えば、長原の場合、先ほど本人が言ったことに加えて、業務終了後の午後6時以降だと(練習場所である)体育館を押さえにくいという問題がありました。そこでフレックスタイム制を活用し、午後3時までに業務を終え、それ以降は練習に専念するという形にしました。一方、デフサッカーの選手は一日フルタイムで働き、翌日は練習やトレーニングに専念するといったやり方に変えました」(鈴木さん)

競技によって練習環境や大会スケジュールが大きく異なるため、一律の支援では選手たちのニーズに応えられません。そのため、個々の選手と密にコミュニケーションを取りながら、最適な働き方を提示しています。
もう一つの特徴は、競技成績に応じたインセンティブ制度です。これは他企業からも珍しいと評価されているといいます。
「成績に応じたインセンティブは、意外と他社ではあまり導入されていないようです。通常の給与に加え、活動費をサポートする形が一般的ですが、親会社であるゼンリンの陸上部を参考にこのような制度を設けました。ただし、団体競技と個人競技で状況が異なるため、不公平感が生じないよう配慮しています。例えば、サッカーは大会数も少なく、チーム全体の成績が影響するからです」(鈴木さん)

さらに、選手のキャリア発展につながる挑戦を最大限尊重する支援も特徴的です。例えば、デフサッカーの岡田選手はヨーロッパのリーグ戦に参戦するため約2週間のドイツ遠征を予定しており、原口選手も有給休暇などを利用してドイツへのサッカー留学を経験してきました。
マイノリティの立場を痛感
パラアスリートたちと関わるうちに、鈴木さん自身も大きな気付きを得たといいます。具体的には、マイノリティの立場を、身をもって体験したことです。
「デフバドミントンの大会に行くと、選手同士や関係者の方々が手話でコミュニケーションを取る中、私は何を話しているのか理解できない状況でした。そこで感じたのは、聴覚障がいがある方々が日常的に同じような経験をしているのではないかということです。私たちが普通に話していることも、はっきりと理解できないもどかしさがあるのだろうと……」
自らがマイノリティとなるような出来事は、鈴木さんにとって単なる支援者としてではなく、相互理解を深めるための重要な機会となりました。その一環で鈴木さんは手話を学び始めたのです。同社には他にも手話を習得しようとする社員が何人も出てきたといいます。
さらに、コミュニケーションをスムーズにするためにテクノロジーも積極的に活用しています。例えば、デフバドミントンの鎌田選手は新人研修にて、ピクシーダストテクノロジーズの「※VUEVO(ビューボ)」(音声認識技術とAIによって会話をリアルタイムに可視化するサービス)を活用し、ディスカッションの内容をリアルタイムで理解できるようにしました。
※参考記事:https://www.para-sports.tokyo/enterprise/voice/voice_0070/
一方、課題としては、デフ競技の社内認知がまだ十分に進んでいない点があります。試合の応援についても、現状では限られた社員しか参加しておらず、長原選手も悲しげな表情を浮かべます。
「もっと多くの社員に選手たちの活躍を知ってもらい、ぜひ応援してほしい」と鈴木さんは訴え、今年11月に東京で開催予定の「東京2025デフリンピック」を契機に、認知度向上を図ろうと考えています。
「実は社長に提案して『デフリンピック休暇』を設けることになりました。約2週間の大会期間中、社員が2日間の休暇を取得できるようになります。バドミントンは都内で行われるためアクセスしやすいですし、サッカーは福島県いわき市での開催ですが、1泊2日で観戦に行くことも可能です。場合によっては、バスをチャーターしてまとまった人数で足を運ぶことも検討しています」(鈴木さん)
また、社内での壮行会なども計画しており、デフスポーツについての理解を深める機会を創出したいと力を込めます。
デフリンピックへの意気込み
最後に、デフリンピックに向けた意気込みを長原選手に聞きました。
「女子ダブルスで金メダルを目指しています。最近パートナーが変わったばかりなので、11月までにきっちりと意思疎通をして、自分たちが納得のいく試合ができればと思います」

前回、2022年に開かれた「カシアスドスル2022デフリンピック(ブラジル)」では、団体戦で銀メダル、女子ダブルスでベスト8などと、優秀な成績を収めてきた長原選手。プレッシャーよりも楽しみの方が大きいと目を輝かせます。
「今大会では友人をはじめ、いろいろな人が見にきてくれます。家族も応援に来ると聞いていますし。今のところはプレッシャーをそこまで感じていませんね」と長原選手は力強く話します。
また、大会を通じてデフアスリートへの理解が深まることも期待しています。
「デフスポーツはパラスポーツと比べて認知度が低いのが現状です。今回のデフリンピックを通じて、日本の半数くらいの人たちに知ってもらえたらと思います。また、(聴覚障がいは)見た目ではわかりにくいため、それに気付いたらちょっと話し方を変えてみようなど、柔軟に考えを変えるきっかけになれば嬉しいですね」(長原選手)
長原選手の得意武器は、ダブルス後衛からのショット精度の高さ。社内外の人々にその実力をアピールするべく、大会に向けて今日もトレーニングに励んでいます。
アスリートと共に働くことを通じて、社内の一体感が醸成されつつあるゼンリンデータコム。デフリンピックでの選手たちの活躍に、全社を挙げて期待を寄せています。

株式会社ゼンリンデータコム
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