支援企業・団体の声
住友電設株式会社
2025.10.17
競技と仕事の両立を——聴覚障がいのある日本代表選手が活躍する企業の実像
2025年11月に日本で初開催となる「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」。聴覚障がい者のためのスポーツの祭典に向けて機運が高まりつつあります。中でも並々ならぬ思いを抱いている一社が住友電設です。同社では現在、3人のデフリンピック日本代表選手が正社員として働いています。デフ卓球の亀澤理穂(かめざわ りほ)選手、デフサッカーの古島啓太(ふるしま けいた)選手、デフバレーボールの長谷山優美(はせやま ゆうみ)選手——彼ら、彼女らは競技活動と仕事を両立させながら、世界最高峰の舞台を目指しているのです。
住友電設がデフアスリートの支援に本格的に取り組み始めたのは2022年。わずか3年余りで築き上げた支援体制の背景には、どのような理念と実践があるのでしょうか。執行役員人事部長の藤崎光太郎(ふじさき こうたろう)さんと東京総務部課長の永橋学(ながはし まなぶ)さんに話を聞きました。
400年の歴史が育む共生の精神
住友電設のデフアスリート支援を理解するには、まず同社の企業理念を知る必要があります。「400年の歴史に培われた住友グループの事業精神には、自分の会社だけでなく、国家や地域社会との共生という理念が、根づいています」と藤崎さんは語ります。

電気設備をはじめプラント・空調衛生、情報通信等の設備工事を手がける同社は、社会的インフラを支える事業を展開しており、社会貢献は企業の重要な役割だと位置付けます。藤崎さんは「多様性を認め合いチームの力を発揮しようという価値観があり、その中で障がい者の方と一緒に働くことも、すごく重要なことだと考えています」と力を込めます。
この考え方は障がい者雇用の取組にも表れています。近年、障がい者雇用を外部に委託したり、特例子会社を設立したりする企業が増える中、住友電設は「できる限り職場の中で障がい者の方と一緒に働こう」という方針を貫いています。現在、同社の障がい者雇用率は法定雇用率を0.2ポイント上回る目標を設定、その水準を維持し、ほぼすべての事業部に在籍しているといいます。
デフアスリートに特化した支援
そんな同社がデフアスリート支援に乗り出したきっかけは何だったのでしょうか。
「もともとは障がい者雇用率向上の取組の中で、CSRの観点からもパラアスリートで働きながら競技を続けたいという方をサポートしたいと考えていました」と永橋さんは振り返ります。

その時に人材エージェントから紹介されたのが、デフ卓球界のレジェンドとして既に知られていた亀澤選手でした。この出会いが、住友電設のデフスポーツ支援の出発点となったのです。

重要なのは、同社が「スポーツだけをやりたい」という選手ではなく、「働きながら競技を続けたい」という選手を求めていたことです。「競技だけやりたいという方も多数いらっしゃいましたが、それは当社の理念とは異なります。あくまでも仕事と競技の両立が採用基準です」と藤崎さんは説明します。これは、競技生活を引退した後も、そのまま仕事を続けられる道を作りたいという、セカンドキャリアに対する同社の配慮があるためです。
2022年に亀澤選手を迎え入れると、住友電設はデフアスリートに支援を特化していく決断を下しました。その理由について、永橋さんは次のように述べます。
「パラスポーツには比較的スポンサーもあり、知名度もあります。一方、デフアスリートは知名度が低く、デフリンピックでさえ個人負担で参加している選手が多いです。そこにフォーカスすることで、社会的意義や他との差別化を図れるのではないかと考えました」
また、実際に亀澤選手と働く中で、デフスポーツの世界に対する理解が深まったことも大きな要因でした。
その後、2022年に古島選手、2024年には長谷山選手が入社。上述した競技と仕事の両立に加えて、トップレベルの選手であること、デフリンピックまたは世界大会への出場経験があることなども採用条件としました。

※写真左から古島選手、長谷山選手、亀澤選手
では、選手たちはどのような働き方をしているのでしょうか。基本的には午前8時45分から午後2時まで勤務し、その後は午後5時30分まで競技活動時間として確保されています。試合や日本代表合宿、講演会などの各種イベントは平日であれば勤務扱い、休日であれば休日出勤扱い(代休取得可能)とし、デフリンピックや世界選手権といった一定規模の大会前には勤務免除措置も取られています。
活動費用については、競技で必要な用具代、鍼灸、スポーツマッサージをはじめコンディション維持・向上のための費用、個人トレーナー費用、さらに練習場や試合会場への遠征費、大会参加費用までを幅広くサポートしています。
また、報奨金制度も設けられており、一定規模以上の大会での成績に応じてインセンティブ(報奨金)が支給されます。
受け入れ体制の構築とコミュニケーションの工夫
亀澤選手が入社するまで、アスリートという点だけでなく、聴覚障がいのある社員の採用自体も初めてだった同社。どのように環境を整備したのでしょうか。
幸い、亀澤選手は口話ができたため、初期の受け入れは比較的スムーズだったといいますが、発話が難しい長谷山選手に対しては、より高度な配慮が必要で、「簡単な手話、文字起こしアプリ、チーム内での議事録作成、筆談、チャットなどを駆使しながら、日常のコミュニケーションを取っています」と永橋さんは話します。
職場環境の整備だけでなく、他の社員の理解促進にも力を入れています。2025年からは、全国の拠点を回る啓発活動を本格化させました。
「聴覚障がいとはどのようなものかを独自にビジュアル化した資料を選手たちが作成するなどして、各拠点で1時間程度の講習を行っています」と永橋さんは紹介します。講習では簡単な手話体験も行うほか、場合によっては講習後に懇親会も開いています。
関連して社内DEI研修も定期的に実施しており、参加者からは「知らないことを知ることができた(補聴器を付けても普通に聞こえないなど)」「実際にコミュニケーションを体験することで、より身近な問題として考えるきっかけとなった」「多様性という言葉自体はよく聞くものの、実際に学ぶことで周りの誰もが活躍できる職場環境作りに協力していきたいと思った」といった感想が寄せられているようです。
こうした活動の効果は着実に現れていて、新入社員の中には手話を独学で勉強してきた人もいて、選手たちとの交流を積極的に図ろうとする姿勢が散見されるようになりました。
アスリートがもたらす職場への影響
そのほかにも、性格が明るく積極的なデフアスリートの存在は職場に多くの好影響をもたらしており、一緒に働く社員が「応援したい」という気持ちを持つようになったほか、選手たちの活躍がメディアで取り上げられるたびに、社内での話題となり、前向きな雰囲気が醸成されているようです。
「以前はこうしたシンボリックなスポーツをしている人がいなかったので、研修や新入社員説明などでも注目を集めており、スポーツへの関心を持つ社員が増えています」(永橋さん)
さらに、スポーツを通じた社員間のコミュニケーション活性化も生まれています。一例を挙げると、2025年4月に国立競技場で開催されたデフサッカー日本代表のエキシビションマッチでは、約100人の社員が応援に駆けつけました。

「会長や社外役員を含めた経営トップ層も応援に足を運びました。社員からは『国立競技場で自分の知り合いが日本代表として出場している姿を見ることができて感動した』『子どもに自慢できる』といった声が聞かれました」(藤崎さん)
東京2025デフリンピック本番に向け、選手名入りのタオルマフラー、横断幕、スティックバルーン、ビブスといった応援グッズや、PRチラシなどを制作し、社員の応援機運を高めています。なお、大会期間中は、遠方の会場への交通費補助、希望者向けのバス手配など、社員が応援に参加しやすい環境づくりに注力する方針だといいます。
デフスポーツそのものの普及を
住友電設の取組は、所属選手への個別支援にとどまりません。全日本ろうあ連盟が推進する「デフスポーツ・サポーター制度」に登録し、デフスポーツ全体の発展に貢献しているのです。
さらに、東京2025デフリンピックでは「トータルサポートメンバー」および「ゲームズサポートメンバー」として協賛し、デフリンピックを盛り上げるためのPRイベントにも積極的に参加しています。
他企業との連携も広がっています。デフリンピック関連イベントでの出会いをきっかけに、陸上のデフリンピック代表選手3人を抱える「東京パワーテクノロジー」との協力関係が生まれました。

「東京パワーテクノロジーの社内向けデフリンピック周知イベントに呼んでいただき、両社のアスリートによるトークセッションを実施しました。会場に80人、オンラインで300人弱が参加する盛況ぶりでした」と永橋さんは報告してくれました。
こうした企業間連携は、デフスポーツの認知度向上や選手への支援拡大において重要な役割を果たしており、「デフリンピック終了後も、体験会の共同開催など継続的な協力を検討していきたいです」と永橋さんは意気込みます。
認知度アップが課題
一方で、課題も存在します。最も大きいのは社会的な認知度の低さです。「デフリンピックのマークをつけて、グループ会社の会合などに出席しても、まだ十分に理解されていないのが現状です」と藤崎さんは明かします。
社内でも、認知度向上への取組は継続的な課題です。「『会社が何かやっているな』程度の認識の社員から、さらに一歩踏み込んで応援してもらえるよう、興味を持ってもらう工夫が必要です」と永橋さんは指摘します。
また、手話通訳の配置についても判断の難しさがあるようです。
「30分だけのイベントにも通訳を呼ぶべきか、どこまでが必要な配慮なのか、そのさじ加減は難しい課題です。ただ、当社主催のイベントであれば、100パーセント手話通訳をセットにしたいという思いはありますね」(永橋さん)
デフスポーツに対する住友電設の取組は、デフリンピック終了後も継続される予定です。大会を直前に控えた今はある種のバブル状態だと同社は認識しつつも、デフリンピックがゴールではなく、その先を見据えた持続的な活動が必要だとして、真の共生社会の実現を目指しています。
長期的な視野では、デフアスリートに限らず障がい者にとって働きやすい会社として認知されることで、優秀な人材の採用につながることを期待しています。「多くの障がい者の方々が当社で働きたいと思ってもらえるようになれば」と藤崎さんは展望を語ります。
インクルーシブな社会の具現化に向けて、企業の果たす役割はますます重要になっています。住友電設の挑戦は良きお手本としてこれからも注目されていくのではないでしょうか。

住友電設株式会社
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