

2025年9月22日〜30日に有明テニスの森で開催された「木下グループジャパンオープンATP500」。27日〜29日に車いすテニス部門の「木下グループオープン車いす大会 ITF Series 1」が行われ、29日(月)には男子シングルス決勝戦が行われました。車いすテニスとしては初の観戦会に、78名の参加者が集結しました。
有明テニスの森のセンターコートである有明コロシアムで行われた決勝戦。対戦するのは、今年9月に開催された全米オープンで優勝し、生涯ゴールデンスラム(グランドスラム4大会タイトルとパラリンピックの金メダル)を達成した小田凱人選手と、日本の荒井大輔選手です。
当日は、観戦ナビゲーターとしてパラスポーツを長年取材しているスポーツライターの宮崎恵理(みやざき えり)さんに車いすテニスの見どころや出場選手について解説いただきました。さらに、特別ゲストとして2004年アテネパラリンピック、車いすテニス男子ダブルスで金メダルを獲得されている齋田 悟司(さいた さとし)選手をお招きし、それぞれの選手の持ち味やゲーム解説をしていただきました。

今大会の位置づけ
木下グループジャパンオープンテニスは、国内で唯一開催されるATP(男子プロテニスツアー)公式戦で、1972年から行われている伝統と格式のある大会です。2019年大会から車いすテニス部門が設置され、記念すべき第1回車いすテニス部門のチャンピオンは、国枝慎吾選手でした。
2022年には、国枝選手と若き小田選手が決勝戦で対戦し、ファイナルセットタイブレークの激闘の末、国枝選手に軍配が上がりました。その翌年1月に、国枝選手は現役引退を表明。世代交代を告げた、記憶に残る名勝負として歴史に刻まれています。
その木下グループジャパンオープン2025の車いすテニス部門は、今年5回目を数えます。シングルス8名、ダブルス4組が出場しました。
日本のテニスの聖地 有明コロシアム
決勝戦が行われた29日は月曜日。平日の午前中に実施される決勝戦にもかかわらず、78名の観戦参加者が集まりました。


観戦するスタンドは、審判の正面、コート全体が見渡せる絶好のエリアです。席に着いた後、早速、齋田選手による解説が始まりました。
「東京2020オリンピック・パラリンピックの会場にもなった有明コロシアム。スタンドからご覧いただくと、ベースラインの後ろやサイドも、とても広いことがわかりますよね。この広さの中、チェアワークを駆使した車いすテニスが展開されると思います。決勝戦に出場する両選手ともチェアワークを武器にしていますので、それが発揮されると思いますよ」 
 男子プロテニスツアーの公式戦で、車いすテニス部門が行われるようになったことについても
「私自身、車いすテニスを始めたのはもう40年ほど前ですが、当時では考えられない規模の大会です。アルカラス選手らトッププロも集まる大会で、同じセンターコートで試合ができるというのは、選手にとっても大きなモチベーションになります」
と、語ってくれました。 
日本人対決の決勝


生涯ゴールデンスラムを達成し、凱旋帰国したばかりの小田選手の強さは、どこからでも強烈なハードヒットを繰り出すこと、と齋田選手は言います。
「小田選手は車いすテニスを始めた子どもの頃からとても研究熱心で、テレビやゲームには興味を示さず、常にテニスの動画を見ています。勝ちたい気持ちも人一倍強いですね」 
対戦する荒井選手は、齋田選手とは千葉県柏市にあるテニスクラブで日頃練習をともにする間柄だとか。
「オールラウンドなプレーをしますが、特に彼のバックハンドは強力な武器です。世界のトップ選手にも引けを取りません」
小田選手同様、果敢に前に出てネットプレーも展開するので、どちらがよりアグレッシブに試合を進めるのかが勝負のカギになるとのこと。荒井選手は、2025年9月現在、シングルス世界ランキング19位の選手です。 
サーブで圧倒する小田選手
いよいよ、小田選手のサーブで試合が始まりました。強烈なサーブも、小田選手の武器。コースを打ち分け、スピードのあるサーブに手こずる荒井選手はなかなか効果的なリターンを返すことができず、第1ゲームは0ポイントで小田選手に献上してしまいました。

第2ゲームではいきなり小田選手のリターンエースが決まります。
「荒井選手のサーブもかなり力強いのですが、わずかにコースが甘かった。そこを小田選手は見逃しませんでした」
齋田選手の解説は、試合中もタイミングよく続けられていきます。 
「小田選手は左利きです。通常、左利きの選手がサーブを打ち込むと、ボールの回転からバウンドした後は内側に曲がっていくことが多いのですが、小田選手のサーブは“キックサーブ”と言って、コートの外側へと跳ねていく。この返球は、非常に難しいのです」
小田選手のキックサーブが、何度も荒井選手を苦しめていきます。返球しても、それが小田選手のチャンスボールになってしまうことも。それこそ、小田選手の狙う展開なのです。
さらに小田選手のリターンが、荒井選手の体の正面を狙って打ち込まれます。
「サーブを打った直後は、どうしても車いすが止まってしまいがちです。車いすは動いている時の方が、より機敏に操作がしやすいので、ほとんど止まっているところから動かすと、対応が難しい。小田選手のコースの打ち分けは見事ですね」 
ネット際のプレーでも、小田選手のテクニックが光ります。
「荒井選手が前に出てドロップショットを狙っていったところを、小田選手はグリップを持ち替えて、あえてスライスで深いところを狙って打ちました。完全に小田選手の理想とするパターンに持ち込んでいます」 

荒井選手は得意のバックハンドだけでなく、フォアハンドで思い切り振り抜くショットを見せて反撃します。
「ハイレベルな戦いですから、互いにコースと球種の読み合いがカギになってきますね」

第2セットも小田選手がポイントを重ねる
車いすテニスの試合は、パラリンピックを含め男女とも2セット先取の3セットマッチで行われます。
第2セットでも小田選手は積極的に前に出てプレーします。
「サーブのリターンの時に、ベースラインから2mほど後ろで待機していますが、実際にリターンを返す時にはもうベースラインよりもコート内側まで前に出て打っている。荒井選手に反応する時間を与えません」 
荒井選手の強烈なスマッシュが決まります。
「車いすテニスではジャンプができませんから、高く上がったロブに対応するのが本当に難しい。荒井選手、素晴らしいプレーです」  
あっという間に小田選手のマッチポイントに。最後はやはり思い切り前に出てボレーを打ち込みました。
6−0、6−0。荒井選手も健闘しましたが、王者の風格を見せつけた小田選手の圧勝で今大会を締めくくりました。


参加者の皆さんからの質問と感想

観戦会では、「チアホン」というシステムを使って、参加者ご自身のスマートフォンで解説や実況を聞いていただきました。車いす席でも、チアホンを通じて他の参加者と一緒にお楽しみいただきました。
チアホンの機能を活用して、参加者からたくさんの質問が。時間の許す限り、齋田選手に解説いただきました。
「有明コロシアムのセンターコートでは、風はどのように影響しますか」
「とてもいい質問ですね。センターコートも今日のように屋根が開いている時には風の影響があります。すり鉢状になったセンターコートでは、スタンドで感じるような一定方向の風は吹きません。常に風向きがぐるぐると舞ってしまいます。また、コート上の風と、ロブなど打ち上げた時の上空の風の風向きが違うこともあります。風を読むことも、テニスの試合ではとても重要です」 


「試合中に車いすが破損した場合は、どのような処置ができますか」
「車いすは身体の一部とみなされていて、その修理時間が決められています。1試合にトータルで20分以内であれば修理することができます。メディカルタイムアウトのような感じですね」 
「車いすテニスでは、健常者が出場することはできますか」
「国際テニス連盟が主催する大会には、障害が認められた選手しか出場することはできませんが、国内の大会の中には、健常者が車いすに乗って出場できる大会もあります。また、ダブルスで健常者と車いすの選手がペアを組んで戦う、ニューミックスという試合もあります」 
全てをここに紹介することはできませんが、多くの参加者の方から質問をいただきました。車いすテニスに対する関心の高さが感じられました。
初めて車いすテニスを会場で観戦するという人が多かった、今回の観戦会。参加者もとても楽しんでいたようです。


「まさに時の人、小田選手の試合を観戦でき、感動しました!」
「ニュースではほんの一部しかプレーを見られません。ゲーム全部を観戦できたことで、試合の組み立てやセット間の選手の様子なども見られて、とてもよかったです」
「なんといっても、センターコートで決勝戦を見られたということがよかった」
「齋田さんの解説があり、初めてでもわかりやすかったです」
「やっぱり生で観戦すると迫力が違います。感動しました」 
対戦後の両選手の言葉

荒井選手は有明コロシアムでの決勝戦を振り返って、以下のように語っていました。
「有明のセンターコートで、たくさんのお客さんの前で、世界一の凱人(小田選手)に対していい試合がしたい、と思っていました。凱人のサーブとリターンが想定以上の素晴らしさで、あそこまで自分がリターンできないとは思いませんでした。リズムを完全に持っていかれたというのが、敗因です」 
かつては愛知県にあるテニスクラブの練習仲間でもあった小田選手について
「丸坊主で、ぽっちゃりした小学生でした。サッカー経験があるから、ボールへの入り方は抜群に上手くて、当時からコーチに“凱人を見習え”と言われるほどでした」 
荒井選手は、昨年パリパラリンピックに出場し、男子シングル3回戦でイギリスのアルフィー・ヒューイットと対戦しました。ヒューイットは、決勝戦で小田選手と対戦し、激闘を繰り広げた選手です。このヒューイットに対して、荒井選手は第1セットをタイブレークの5-7という大健闘を見せてくれました。今後のさらなる活躍にも期待したいところです。

小田選手は、今大会チャンピオンとしての会見で開口一番、「最高の日。思い出に残る試合でした」と、語りました。
「荒井さんは、絶対にリターンで狙ってくるだろうと思っていました。また、僕と同じようにガンガン前に出て攻めてくるタイプ。それでも、自分のサーブがおそらく荒井さんにとって嫌なところにうまく入ったことで、ポイントが取れたと思っています」 
生涯ゴールデンスラムを獲得し、真の世界一になりましたが、そこに安住していません。
「今年、世界ランキング2位のヒューイットに全仏オープン(決勝)ではストレートで勝っていますが、全豪オープンでは負けています。他の試合も接戦ばかりです。世界一とはいっても、力の差は決して大きくはありません。世界のスポーツシーンには、カテゴリーを超えて尊敬する選手がいっぱいいます。彼らと同じように、彼らを超えられるように。そういう強さを身につけていきたいと思っています」 

今大会には、一般の男子シングルス世界ランキング1位のカルロス・アルカラス選手(スペイン)も初出場しています。車いすテニス決勝戦が行われた翌日に、男子決勝戦が行われ、22歳のアルカラス選手が優勝しました。一般のテニスと車いすテニス。2人の世界一がともに優勝。木下グループジャパンオープン2025は、新たな歴史の1ページを刻んで閉幕しました。
車いすテニス体験交流会
シングルス決勝の観戦後、希望者は車いすテニスの体験交流会とダブルス決勝の観戦に参加しました。屋外のイベントコートで行われたTEAM BEYONDの車いすテニス体験交流会には親子連れなど12名が参加しました。車いすの操作を練習した後は、実際に選手とのラリーに挑戦しました。


「選手に教えてもらえるのは貴重で楽しかったです。」
「テニスを習いたての5歳です。父が車いすでテニスも車いすも馴染みがあったのでとてもたのしめました!素敵な機会をありがとうございました!」
有明コロシアムでのシングルス決勝観戦から初めての車いすテニス体験まで、たっぷりと車いすテニスの魅力を味わっていただく1日になりました。