引退後もパラアスリートが社会で輝いていくために、いま企業ができるキャリア支援とは

2021.04.05
引退後もパラアスリートが社会で輝いていくために、いま企業ができるキャリア支援とは

東京2020オリンピック・パラリンピック開催決定を機に日本でも大きな注目を集めているパラスポーツ。盛り上がりの一方で、パラリンピアン(パラリンピック競技大会に出場経験のある選手、元選手)のキャリア形成における課題も存在しています。
競技と仕事の両立、選手引退後のキャリアについて不安や悩みを抱えるパラリンピアンも多くいる状況で、パラアスリートを雇用する企業にはどのようなキャリア支援が求められているのでしょうか。パラアスリートのデュアルキャリアについて研究をされている法政大学 スポーツ健康学部 伊藤真紀 准教授にお話を伺いました。

パラリンピック関係者の情熱に感化されパラスポーツを研究テーマに

もともと、スポーツ界における女性のリーダーシップについて研究されていた伊藤さんが、障がい者スポーツというテーマに興味を持ったのは、留学先での経験がきっかけだったそうです。

引退後もパラアスリートが社会で輝いていくために、いま企業ができるキャリア支援とは

「2011年から2年半、アメリカのルイビル大学の博士課程に進学したのですが、その際に指導教官になっていただいたのが、ダイバーシティや組織論の分野でパラリンピックについて研究をされている方でした。そこで、リーダーシップについて研究していた私も、IPC(国際パラリンピック委員会)や各国のパラリンピック委員会でリーダーとして働かれている女性たちにインタビューする機会をいただきました。その時の皆さんの姿勢が『パラリンピックムーブメントを担っているのは私たちだ!』『障がい者スポーツを私たちが盛り上げていくんだ!』と、とても情熱的で。そのパッションがすごく印象的でした。」

その後、順天堂大学の女性スポーツ研究センターに所属し「女性のオリンピアンで引退後にコーチになる人が少ないのはなぜか」といったテーマを研究されていた伊藤さん。オリンピック選手のキャリアについての研究は多いのに、パラリンピアンについての同様の研究が少ないことに気付きました。

「パラリンピアンを取り巻く状況はここ20年、特に東京大会が決まってからは『パラリンピックバブル』と言われるほど大きく変化してきているのですが、オリンピアンと比べるとキャリア形成においてまだまだいろいろな問題があります。例えば、レジュメに経歴を書く際にも『オリンピックに出ていました』と書けばすぐ理解してもらえますが、パラリンピアンの場合は『パラリンピックってなに?』と人事の方に質問されたケースもあります。当初は、パラリンピアンのコーチングに関する研究をしていましたが、実際に海外で就職したパラリンピアンの方にインタビューを進めていくと、海外でさえコピー機が車椅子の高さに合わなくてコピーがとれないなど、ちょっとした配慮でスムーズに働けるはずの職場環境が実現できていないという状況だったそうです。そういったお話を聞くうちに、コーチに限らずパラリンピアンの一般的なキャリア形成について研究してみることも大事なのではないかと思うようになり、現在の研究テーマにたどりつきました。」

パラアスリートの本当の価値や能力を活かし、伸ばしていくことが大事

パラアスリートのキャリア形成に関する調査は過去にも実施されていましたが、それは企業で働くパラアスリートの練習時間や、大会参加時の職場での処遇や金銭的支援についてといった概要的な内容にとどまっていました。そこで伊藤さんはさらに一歩踏み込んで、アンケート調査・インタビュー調査を通じ、現役・引退後のパラアスリートがキャリアを選択する際にどのような要因が影響を与えているのか、キャリア選択の際に優先する事は何かを明らかにし、それらの要因に対する支援方法を検証することを試みました。

「結果として、雇用形態(正社員、契約社員、嘱託社員)や競技レベル(パラリンピック、パラリンピック以外の国際大会、国内大会への出場経験)が、仕事のやりがいや仕事への意味づけに大きな影響を与えていることがわかりました。例えば、競技活動に理解のある職場環境では、働きがいや労働条件にポジティブな認識を持ちやすい傾向があります。また競技レベルの高い競技者(パラリンピック、パラリンピック以外の国際大会)は、それだけ会社からの理解や金銭的なサポートが手厚くなり、仕事のやりがいや働きがいを高めているようです。これは一方で、強化指定を受けていない方は会社からのサポートを受けにくいという実情も示しています。インタビュー調査の中でも、強化指定選手を目指す方が、周りの共感を得られない状況の中で、有給休暇を使いながら自費で練習をしているというお話があり、それが私としても強く印象に残っています。」

引退後もパラアスリートが社会で輝いていくために、いま企業ができるキャリア支援とは

競技レベルに関わらず、パラアスリートが競技を続けながら、働きがいを感じられる環境作りや企業のキャリア支援サポートが大事であると、伊藤さんは言います。

「企業の意識が変わり、パラアスリートを雇用しようという動きが出てきたことは素晴らしいですし、東京大会の大きなレガシーになると思います。一方で、企業に雇用されて、広報として広告に出演したり、講演活動をされたりしている方から、自分は本当に会社に求められているのだろうか、パラリンピアンなら誰でもいいのではないか、東京大会が終わって広告塔としての役割が終わったらどうなるのだろうか、という不安の声も聞かれます。」

「アスリート全般に言えることだと思いますが、アスリートとしての能力や業績といった輝かしい部分だけに注目するのではなく、その過程の中で培った本当の価値や能力、例えばアスリートの方々はタイムマネジメント能力が秀でているのですが、そういった部分を活かせる環境を作っていくこと。10年先、20年先、30年先も企業の力になるような能力を伸ばしていくことで、はじめてその企業は『多様性』や『共生社会』を実現したと言えるのではないでしょうか。」

パラアスリートなど障がい者の方が長期にわたって活躍できる環境をデザインすることは、結果的に健常者を含め誰にとっても働きやすい会社であるという印象につながり、企業にとっても大きなメリットであると伊藤さんは指摘します。

東京2020パラリンピック後もパラアスリートが活躍できる社会に

パラアスリートが、入社後も生き生きと働ける環境を作るためには、どうしたらいいのでしょうか。伊藤さんは、企業ができるキャリアサポートは雇用条件など金銭的なものに限らず、例えば練習環境に対する申し出を快く受け入れるなど、競技に対する理解も大きな支援につながると言います。そして大事なのが、企業がパラアスリートを受け入れる際に、その方が望むキャリアプランと、企業側が望むキャリアプランの認識をしっかりとすり合わせることです。

引退後もパラアスリートが社会で輝いていくために、いま企業ができるキャリア支援とは

「やはりオリンピアンの方に比べると、競技歴が長いのがパラリンピアンの方の特徴になります。企業側も長期的に働いてもらうビジョンやプランを持ち合わせた上で、受け入れる体制を作って行くのが理想の形ではないでしょうか。アスリートとしてのキャリアに加えて、出産や育児、介護など様々なライフイベントが想定されます。一人ひとりの人生に寄り添ったキャリアプランを一緒に考えていけたら良いですね。」

このような提言をされている伊藤さんが注目しているのは、東京大会後のパラリンピアンたちのキャリアです。多くのパラリンピアンは常に4年サイクルでライフプランを設計しているので、引退直後にそのサイクルがなくなってしまうことで、「これからどうしよう」と道を見失ってしまうケースもあるそうです。それだけに、大会が終わっても企業のキャリア支援サポートがしっかりとなされていくのか、これからが試される時期だと伊藤さんは言います。

「アスリート引退後に、現役時代にも増していきいきと活躍されている方もいらっしゃいます。そういった先行事例が増えていけば、今後のキャリア形成の参考になると思います。」

華やかなプレーの裏側で、キャリア形成の課題があることを認識することがまずは大切なことです。パラアスリートたちが、引退後もやりがいのある仕事を見つけ、輝き続けられるキャリアを実現することが、本当の意味でのパラスポーツ振興と言えるのかもしれません。

20210405

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