苦境の中でも見出された香西宏昭の存在
2018年10月6日~13日の8日間にわたってインドネシア・ジャカルタで開催された「インドネシア2018アジアパラ競技大会」。車いすバスケットボール男子日本代表は決勝でアジア最大のライバルであるイランに66-68と1ゴール差で惜敗し、銀メダルに終わった。主力の一人である香西宏昭も「力を出し切れなかった」と悔しさをにじませた。しかし、その一方ではこれまで目がいきがちだったシュート以外の部分にも香西の能力の高さが示されていた大会でもあった。シーズン最後の戦いで映し出された「香西宏昭」というプレーヤーに迫る。
【1ゴール差に泣いた世界ベスト4のイランとの決勝】
4年前の前回大会(韓国・仁川)では、準決勝でイランを延長の末に破ったものの、決勝では地元韓国に敗れて悔しい思いをした日本。今大会では予選プールでその韓国に前半は最大19点差をつけられながら後半に逆転し、最後は地力の差を見せつけて81-67と2ケタ差まで突き放した。
その韓国戦も含めて全勝で予選プールを1位で通過し、準決勝の中国戦も攻守ともに圧倒して81-53で快勝してみせた日本。大会最終日、アジア最大のライバルであるイランとの決勝に臨んだ。
アジアパラの約2カ月前にドイツ・ハンブルクで行われた世界選手権で、日本は9位に終わっていた。結果だけを見れば、4年前の世界選手権や2年前のリオデジャネイロパラリンピックと同じ9位。しかし、それは決して停滞を意味するものではなく、明らかにそれまでとは違う価値ある9位だった。
欧州王者トルコに劇的な勝利を収めた日本は、予選グループをトップ通過。決勝トーナメント1回戦ではリオ銀メダルのスペインには敗れたものの、その差はわずか2点と最後まで欧州の強豪を苦しめた。そして9、10位決定戦でも高さで上回るオランダとの接戦を制した日本。世界の強豪と渡り合える力があることを知らしめるには十分な戦いを繰り広げた。
一方、イランは日本が目標としていた世界のベスト4に名乗りをあげていた。そのイランを破っての、世界選手権での9位はこれまでとは違う価値があり、日本にはベスト4進出する力があることを証明する。日本のアジアパラでの最大のミッションはそこにあったと言っても過言ではなかった。
そのイランとの決勝戦、日本は武器であるディフェンスで相手の高さある攻撃を封じ、1Qを21-12と大きくリードした。しかし2Qの後半以降、徐々に流れが相手へと傾き始め、3Qに入るとイランのシューターが目を覚ましたかのように次々と得点を挙げ、一時は逆転を許してしまった。それでも終盤に日本は香西宏昭と藤本怜央の経験豊富な2人が入るユニットを投入し、なんとか53-53の同点で4Qを迎えた。
4Qも一進一退の攻防が続き、残り15秒6で66-66。手に汗握る展開に、超満員の会場は騒然となっていた。しかし、残り4秒6でイランのシュートが決まり、これが決勝点となった。
【多彩ぶりを示したプレーでチームに貢献】
「これが今の自分たちの実力だと思っています。“もう少しでもあるけれど“まだまだ遠い”2点差。非常に重く受け止めています」
イランとの決勝直後、香西はそう振り返った。
そして、自らについては「今大会は自分を出し切れなかった」と反省の弁を述べた。それは、スタッツの数字が示していた。なかでも予選プールで最も厳しい試合となった韓国戦で香西は約23分間のプレータイムで得点はわずか8。決勝のイラン戦でも約30分間で11得点にとどまった。“シューター”としては「力を出し切れなかった」ことは誰の目から見ても明らかだった。
しかし、実はその一方で、今大会で見えたのはマルチな才能を持った香西の姿でもあった。3Pを含めて鮮やかなアウトサイドシュートをはじめとする得点力に目がいきがちだが、香西の能力の高さはそれに限らない。ディフェンスを武器とする日本代表のチームの中でも、香西のディフェンスの技術はトップクラス。相手がオフェンスファウルを取られることも少なくないことでも明らかだ。
さらに、オフェンスではシューター以外にも、ガードとしての役割も担う香西。今大会では司令塔としての“キレ”を発揮し、多くの得点シーンを演出していた。厳しい展開となればなるほど、その力の偉大さが示された。韓国戦、イラン戦でシュートの成功率が決して良くはなかった香西を、大事な後半で起用し続けた意図はそこにあったに違いない。両試合でチーム最大の得点源として活躍した藤本も「宏昭がコンスタントにシュートを打ちやすいパスを供給しくれたおかげで、自分はストレスなく得点を取ることに集中することができた」と語っている。
確かにアジアパラでは“シューター”としての香西は影を潜めたことは否めない。しかし、だからこそ、シューターだけにとどまらない、日本にとっての彼の存在の大きさが見えたともいえる。特に司令塔としての役割において、現在の日本代表チームで彼の右に出る者はいないのではないか。そんなふうに感じられるだけのパフォーマンスだった。
もちろん、香西自身はアジアパラでの自分自身を決して良しとはしていない。
「ここで金メダルを取って、東京に向かいたかっただけに、勝ちたかった……」
そして、こう続けた。
「例えば韓国戦では、シュートの確率が悪い中でも、アシストという部分で周りを使うこともできたし、悪いなりにプレーすることはできたと思います。時間をかけて振り返った時に、そんなふうにポジティブに変えていって、その後の試合に気持ちを切り替えて臨むことができました。ただ、このままじゃいけないなと」
「このままじゃいけない」――その言葉の奥底に、表には見せていない、香西の真の気持ちがあるように感じられた。
【代表からドイツへ。すべては「2020年のために」】
シーズン最後の大会となったアジアパラを終え、一度帰国した香西は、数日後にはドイツへと渡った。プロとして6シーズン目を迎えた車いすバスケットボールリーグ・ブンデスリーガはすでに開幕しており、休む間もなくチーム(RSV Lahn-Dill)に合流するためだった。
昨シーズンも10月に世界選手権のアジア・オセアニア予選があったために遅れて合流した香西は、不調が続いていたチームの救世主となり、移籍1年目ながらスタメンに抜擢され、シーズンを通して主力として活躍。日本で言う天皇杯にあたる「ドイツカップ」では事実上の決勝戦となった準決勝で決勝ゴールをあげて勝利に導くなどチームに貢献し、自身にとっては初タイトルを獲得。リーグ、欧州クラブ選手権でもファイナルに進出する立役者の一人となった。
しかし、今シーズンは一転、厳しい状況が続いている。香西不在の間、チームは連勝街道を走り続けたこともあり、新ヘッドコーチによる香西の起用の仕方は前シーズンとはまるで違う。合流が遅れ、チームがうまくいっていることを考えれば、仕方がない状況ではある。ならば、少ないチャンスをモノにするしかない――。
11月24日、そのチャンスが訪れた。相手は昨年の優勝チームRSB Thuringia Bullsで、お互いにここまで全勝同士のトップ2争い。3位以下を寄せ付けない圧倒的な力を持つ2チームが激突するとあって、会場は立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。
そんな中、試合開始早々に主導権を握ったのはBullsだった。2Qを終えた時点で、スコアは29-41。その間、香西は一度もコートに立つことはなかった。
「このまま引き離されて終わるのだろうか……」
地元のLahn-Dillファンから漏れるため息は大きさを増していくばかりだった。
ようやく“その時”が訪れたのは、3Qの後半。香西がコートに現れるや否や、それまでスローペースだった試合展開が一変した。日本代表で培った香西のスピードとトランジションの速さは、Lahn-Dillではチーム一と言っても過言ではない。その香西につられるかのように、試合はスピーディな展開に。香西の存在はディフェンスにも好影響を与え、それが得点へと結びつき、チームに勢いをもたらしていた。
チームが好転していく状況に香西のプレーが大きく関係していたことは、指揮官の目にも明らかだったに違いない。4Qは香西を一度もベンチに下げることなく出し続けた。結果的には、試合は58-67で敗れた。しかし、前半は最大16点差だった劣勢の試合が、香西が出場して以降は一進一退の攻防戦となったことはチームにとって明るい材料となっただろう。
試合後、香西はこう振り返った。
「自分がプレータイムを得るためにやるべきことは、ずっと練習でもやってきていたし、この試合でも出せたと思います。もちろん、まだまだ完璧ではないけれど、それでもやるべきことをやったなと」
今後、香西がどのように起用されるかは指揮官次第であり、今の時点で香西にとってどのようなシーズンとなるのかは予測することは難しい。しかし、ただ一つ言えるのは、香西にとってすべては「2020年のため」あること。そのためにやるべきことをやり続ける。それがブレることはない。
(文・斎藤寿子、写真・竹見脩吾)