密着!パラアスリートの肖像~車いすバスケットボール・香西宏昭選手①~

2018.06.05

帰ってきた日本のエースが6千人の観客を魅了!

密着!パラアスリートの肖像~車いすバスケットボール・香西宏昭選手①~

「天皇杯」を下賜されて初めて行われた「日本車いすバスケットボール選手権大会」(5月19、20日・武蔵の森総合スポーツプラザ)。最大の注目は、王者に君臨する宮城MAXが史上初の10連覇を達成するのか。それとも今年こそ、王者の牙城が崩されるのか――。そのカギを握っていたプレーヤーこそが、ドイツ・ブンデスリーガでのシーズンを終え、NO EXCUSE(東京)に合流した香西宏昭だった。10日に帰国し、翌11日からチームの練習に参加したという香西。果たして、世界屈指のリーグで戦い続けてきた日本のエースは、どんなプレーを見せてくれるのか。車いすバスケファンが待ちに待った「日本一王者決定戦」の火ぶたが切って落とされた。

【チーム状況を示した香西のアシスト数】

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「昨年よりもチームのレベルが上がっているので、すごく楽しみ。個性あふれる選手たちがたくさんいるので、それを僕がどう引き出せるかが最も重要だと思っています」

大会4日前、香西はそうチームの手応えと自らの役割について語っていた。

NO EXCUSEは初戦こそ、パスミスなどのターンオーバーが多く、不安要素が垣間見られたものの、その約3時間後に行われた埼玉ライオンズとの準決勝では、しっかりと修正し、NO EXCUSEらしいハーフコートバスケの強さを披露した。

香西が「成長著しい」と語っていた若手の森谷幸生がチーム最多の20得点を叩き出せば、同じく香西が「大きな戦力となっている」とした新加入の千脇貢もリバウンドでチームに大きく貢献。さらにキャプテンの湯浅剛も積極的にゴールに向かう姿勢を見せ、森谷、香西に次ぐ12得点をマークした。

その中で着目すべきは、香西のアシスト数だ。準決勝では初戦の「7」から倍近くの「12」にまで増えている。得点力のみならず、ゲームメーカーとしての能力の高さを示した数字にほかならない。と同時に、合流して間もない香西とチームメイトとの呼吸がうまくいきはじめていることを物語っていた。

「僕としても日本選手権での優勝は、千葉ホークス時代だった高校2年の時以来。今年こそは、という思いで臨みたいと思います」と香西。決勝の相手は、やはり宮城MAXとなった。

【チームを鼓舞し、救うプレーで魅了した45分間】

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宮城MAXに対し、2年前は準決勝で6点差、そして昨年は決勝で3点差という僅差で涙をのんだNO EXCUSE。“因縁のライバル”ともいえる両チームの決勝は、約6千人のファンが見守る中、20日午後2時半、ティップオフとなった。

試合は、1Qから一進一退の攻防が続いた。ハイポインターの藤本怜央と土子大輔を擁し、高さとスピードを兼ね備えた宮城MAXに対し、NO EXCUSEは今年特に磨いてきたという攻守の切り替えと、ハーフコートオフェンスで対抗。両チームともに一歩も譲らない手に汗握る展開に、会場は終始、緊張感に包まれていた。

その中で、観客を魅了してやまなかった一つが、香西のプレーだった。「しびれる展開ではあったけれど、正しい判断をして、自分がやるべきことをやるだけと考えていた」と淡々とプレーし続けた香西。幾度となく宮城MAXに引き離されそうになる場面で鮮やかなシュートを決め、そしてチームメイトを大きな声で鼓舞し続けた。

密着!パラアスリートの肖像~車いすバスケットボール・香西宏昭選手①~

なかでも、ここぞという時に決める香西のアウトサイドからのミドルシュートや3Pシュートは圧巻だった。香西の手から放たれたボールは、美しい弧を描き、寸分の狂いもなくネットに吸い込まれていく――。「スパンッ」という心地よい音に、観客たちは何度も酔いしれ、大歓声と拍手で称えた。

試合は、3Qを終えた時点で、5550。宮城MAXのリードはわずか5点と、勝負の行方はまったくわからなかった。

続く4Qは、スタートでNO EXCUSEが連続得点を奪って追いつくと、そこからは再び1点を争うシーソーゲームに。その様相は、最後まで続いた。そして、ここでも香西がチームを救った場面があった。

残り1分となろうとしたところで、森谷のプレーがアンスポーツマンライク・ファウルを取られた。このファウルで得たフリースローを宮城MAXのキャプテン豊島英が2本いずれもしっかりと決め、同点に。さらに宮城MAXのボールから始まったプレーで、再び豊島がレイアップシュートを決め、リードを奪った。NO EXCUSEにとっては嫌な流れだった。

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しかし、残り45秒で香西が同点となるミドルシュートを決め、再び試合を振り出しに戻してみせた。チームメイトのミスを帳消しにしたエースのプレーに、会場からは大歓声が沸きあがった。

69-69。勝利の女神がほほ笑むのはどちらか――。すると、最後に誰もが予想だにしていなかったドラマが待ち受けていた。

ディフェンスリバウンドを制した宮城MAXは、一人抜け出した豊島にパスをした。すると、そのパスを誰よりも早く自陣コートに戻っていた香西がカットしようとボール目がけてとびこむ。だが、ボールは香西の伸ばした手のわずか上を通り過ぎ、豊島の元へと渡った。豊島はそのままフリーの状態でレイアップシュートへ。ゲームセットと思われた次の瞬間、豊島の手から放たれたボールは、リングの外へとこぼれた。どよめきが起こる中、4Q終了を告げるブザーが鳴り響いた。

【清々しさの裏にあったチームメイトの活躍】

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こうして試合は延長戦へともちこまれた。その延長戦、勝負を決めたのは終盤の大事なところで連続得点を挙げた宮城MAXの藤井郁美だった。藤本、土子の2枚看板へのマークを徹底したNO EXCUSEの守備の隙をつき、藤井は得意のミドルシュートを決めてみせた。NO EXCUSEも香西が早めのアタックで3Pを狙うなど、全9得点と孤軍奮闘したが及ばず。8778と逃げ切るかたちで宮城MAXが勝利を収め、10連覇を達成した。

NO EXCUSEは、今年もあと一歩のところで初優勝を逃したものの、「やり切ったという気持ちでいっぱい」と試合後の香西の表情には清々しさがあった。そして、そこにはチームメイトへの思いがあった。

今大会、3P賞を獲得した香西のほか、NO EXCUSEからは森谷と湯浅の若手2人がオールスター5に輝いた。このことについて、香西はこう語ってくれた。

「森谷は今大会、本当に頑張ってくれたと思います。僕がいない時からチームを引っ張ってくれていましたしね。また、剛(湯浅)は本当に真面目で、常にバスケットに真摯に向かっていく姿勢を、僕は尊敬しているんです。NO EXCUSEに入る前から『いつか一緒にプレーしたいな』と思っていて、とても思い入れのある選手なだけに、こうやってチームメイトとして開花していく姿を見られるのは本当に嬉しい」

密着!パラアスリートの肖像~車いすバスケットボール・香西宏昭選手①~

今大会も、強く、美しく、正確なプレーで会場を沸かせた香西。宮城MAX10連覇という偉業とともに、彼のプレーは観客の記憶に強く残ったに違いない。その香西が、これから本格始動するのが日本代表としての活動だ。

今年8月にはドイツ・ハンブルクで世界選手権が控えている日本代表。その“本番”に向けて大事な試合となるのが、6月8日(金)~10日(日)、武蔵の森総合スポーツプラザで開催される国際試合「三菱電機 WORLD CHALLENGE CUP 2018」だ。今年は、オーストラリア、カナダ、ドイツの3カ国を迎える。いずれも世界選手権に出場する強豪国ばかりだ。

世界屈指のリーグで戦い、より進化して帰国したエース香西が合流した日本が、どんな戦いを見せるのか。このチャンスを見逃す手はない。

URL: https://wcc.jwbf.gr.jp/2018/

(文・斎藤寿子、写真・竹見脩吾)

20180605

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