密着!パラアスリートの肖像 ~陸上(走り幅跳びT12クラス)・澤田優蘭選手①~

2018.07.05

開かれた飛躍の扉

密着!パラアスリートの肖像 ~陸上(走り幅跳びT12クラス)・澤田優蘭選手①~

「成長著しい」という言葉では不足と感じてしまうほど、今、凄まじい伸びを見せているアスリートがいる。ロングジャンパー澤田優蘭だ。昨年6月の日本選手権で5m03の日本新記録を樹立した澤田。それが初めての5m超えだった。すると、今年5月の北京グランプリシリーズ(GP)で、いきなり5m70と、自己ベストを一気に67㎝も更新してみせた。これまで「果てしない夢」としか考えられなかったアジア記録(5m74)をも射程圏内とした澤田。10年ぶりとなる「アジア新女王の誕生」の瞬間が訪れる日は、もうすぐそこまで来ている。

【今季初戦でアジア新に迫る大ジャンプ】

密着!パラアスリートの肖像 ~陸上(走り幅跳びT12クラス)・澤田優蘭選手①~

「跳んだ時は、60cm以上も自己ベストを更新したという感触ではなかったんです。ただ、体がよく動いていたので、気持ちよく跳ぶことができました」

5月11日、澤田にとって今シーズンの開幕戦となった北京GP。2本目に5m70を記録したジャンプについて、澤田はこう振り返った。リズミカルな助走での動き、踏み切りのタイミングなど、頭でイメージしていた通りの会心の1本だった。

しかも、その他の4本(6本目は棄権)も、1本が5m50台、3本が5m60台だった。偶然などではなく、いかにしっかりと身に付けた実力での跳躍であったかがわかる。

では、いったいここまで大幅に記録を伸ばすことができた要因とは何なのか。

昨年、澤田は日本選手権で初めて5m台を記録した。これまで届きそうで、なかなか届かなかった記録に、澤田は大きな自信をつかんだ。だが一方では、次への段階に進むためには、このままではダメだという思いもあった。

その思いを強くしたのが、昨年7月の世界選手権に出場できなかった時にわいた、自分自身への情けなさだったという。世界へと近づくためには新たな挑戦が必要だと、澤田は感じていた。

【飛躍の背景にあった新たな挑戦「シザース」】

密着!パラアスリートの肖像 ~陸上(走り幅跳びT12クラス)・澤田優蘭選手①~

そこで、すぐにフォームの修正にとりかかった。なかでも最も大きく変えたのは、空中時の足の動きだ。それまで両足を平行に前へ押し出すようにしていたが、空中を駆けるようにする「シザース」へと変更したのだ。

シザースを始めたのは昨年8月。同時にガイドランナー兼トレーナーの塩川竜平氏のもと、基本的な筋力や可動域の強化を徹底的に行った。跳躍の練習をする中で、不足している筋力や体の使い方を発見するたびにフィジカルトレーニングにフィードバックしていくという地道な作業が繰り返された。また、所属先のマッシュスポーツラボのヨガスタジオでプライベートレッスンを始めたことも大きかった。

約2カ月後に臨んだシーズン最終戦のジャパンパラ競技大会では、まだシザースが自分のものにはなっておらず、距離は伸びなかった。だが、冬のオフシーズンにさらにフィジカルトレーニングに注力した結果、シザースによって、空中での距離をかせぐことができるようになった。

さらに跳躍で最も重要な助走を安定させるため、走る動作や距離を細かく修正し、今では助走に対する不安要素はほとんどない。だからこそスタート時には、「助走→踏み切り→空中姿勢→着地」という一連の流れを頭でしっかりとイメージすることに集中できるのだ。

フォームも、そしてメンタル面においても、ロスを減少させた跳躍を実現させたことが、会心のジャンプを生み出す素となっていた。

とはいえ、今のフォームが完成形ではない。まだまだ修正しなければいけない点はいくつもある。しかし、逆に言えば、だからこそ伸びしろの大きさを、澤田自身感じずにはいられない。

【世界を知った北京での洗礼】

密着!パラアスリートの肖像 ~陸上(走り幅跳びT12クラス)・澤田優蘭選手①~

澤田は2008年、高校2年の時に北京パラリンピックに出場している。それが、彼女にとって初めての国際舞台で、嫌というほど世界の洗礼を浴びた忘れられない大会でもある。

「私は4m93で自己ベスト更新だったというのに、目の前では6mジャンプでメダルが争われていて……。世界を知らなかったと言えばそれまでですが、予想以上の大きな差に、ただただ驚くばかりでした。北京は、戦ったというよりも出場しただけに終わりました」

そんな北京での記憶は、現在は少しも薄れてはいない。だからこそ、それ以来の出場を目指す2020年東京パラリンピックへの思いは強い。

「今度こそ日の丸を背負い、世界のトップを狙いにいきます。そして、北京ではまったく歯が立たなかった選手たちと凌ぎを削り合い、ブラインドのクラスでもトラック競技でこれだけ日本人が世界と戦えるんだということを示したいと思います」

昨年6月には、より競技に専念できる環境を求めて、マッシュスポーツラボに転職した。現在は、専任コーチの指導のもと、週に5~6日、みっちりとトレーニングを行っている。2020年に向けて、澤田は本気だ。

【刻々と近づくアジア新女王誕生の瞬間】

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現在、課題の一つが「着地」だ。「網膜色素変性症」という障がいがある澤田には、空中姿勢から着地に入る際に、着地点を目で確認することが難しい。そのため、自らの体がどれほど地面に近づいているかを把握することができない。そこで生まれるのが「恐怖心」だという。

「どの程度、地面に近づいているのかがわからないと、いきなりぶつかるんじゃないかという恐怖心が働くんです。そうすると、手をついてしまったり、早めに足を下ろそうとしてしまう。今でもまだ完全には払しょくできていないんです。自分では大丈夫と思っていても、怖さが先に出てしまって……」

いつどのタイミングで着地の姿勢に入ればいいのかを視覚からの情報では得ることができないため、「感覚」で身に付けるしかないのだ。足を大きく踏み出し、前に蹴り上げるようにする理想の着地を求めて、澤田は今、練習を繰り返している。

そんな澤田が今年最もメインとしているのが、10月のアジアパラ競技大会だ。優勝とともに2008年以来出ていないアジア新を狙う。

「これまでは5m74というアジア記録は、あまりにも遠い目標で、競技人生をかけて目指すものという感じでした。ようやく5mに到達した昨年には、なんとか2年後にはと考えられるようになっていたのですが、まさかこんなにも早く目の前に迫れるなんて思ってもみませんでした」

しかし、「4cm」という距離を、澤田は決して簡単には考えてはいない。「まずは、5m50台を常に跳べるようにすることが目標です」と語る。

7月78日に正田醤油スタジアム群馬で開催される「ジャパンパラ競技大会」では、手足の長さを生かしたダイナミックな跳躍で、5m50以上を全6本そろえるつもりだ。

その先に、アジパラでの優勝、そして2年後のメダルが見えてくる――。

(文・斎藤寿子、写真・市川亮)

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