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【現地レポート】平昌パラリンピック会場内外で見た景色

2018.03.16
【現地レポート】平昌パラリンピック会場内外で見た景色

パラアイスホッケーの初戦、日本対韓国の試合はほぼ満員だった=江陵ホッケーセンター

9日に開幕した平昌パラリンピックも、いよいよ大会終盤にさしかかった。7日に現場に入ってから体感した会場内外のサイドストーリーをお届けする。

パラリンピックの観戦チケットを個人で手配する場合、公式サイトか当日券の利用が一般的。人気があったのはパラアイスホッケーの初戦・日韓戦で、前売りの段階でソールドアウトとされた。日本でチケットを手配しようと手を尽くしても、購入できないと、友人が嘆いていた。いざ開場してみると、意外と空席が目に入ったが、それでも試合が始まるころには8~9割方は埋まっていた。このパラアイスホッケーしかりだが、アルペンスキーやスノーボードの会場でも、目立っていたのは日本人応援団の姿。選手の家族や友人たちをはじめ、多くの人が現地でエールを送っていた。異国開催のパラリンピックで揺れる無数の日の丸は、選手の支えになったに違いない。

開幕前、悪天候が続き、アルペンスキーチームの練習が中止になった。だが、いざ競技が始まると好天続き。日中はTシャツ1枚でもいけそうなほどのぽかぽか陽気で、人工雪が解け、時間が経つにつれザクザクのザラメ雪に。これは前回のソチでも起こったことだが、選手が荒れた雪面に苦労する場面が多々あった。五輪では寒さが問題になっていたが、3月開催の冬季パラリンピックにはそれとはまた違う課題があるということだ。

【現地レポート】平昌パラリンピック会場内外で見た景色

大回転で金メダルを獲得し、報道陣の質問に答える村岡選手=旌善アルペンセンター

そのアルペンスキーでは、競技初日から村岡桃佳(早稲田大)と森井大樹(トヨタ自動車)が滑降で銀メダルを獲得するなど注目が集まった。2日目以降も日本の報道陣が詰めかけ、ひとたび囲み取材が始まれば、選手の声を拾おうと3重4重になった人だかりからICレコーダーが一斉に差し出される。他国のクルーは数人のところがほとんどで、この光景はやはり異様と映るのか、日本の報道陣を撮影する海外メディアも。もっとも、日本の報道陣の多さは今に始まったことではない。リオでもソチでも同様で、記者も毎回、外国のクルーから「日本ではそんなにパラスポーツが人気なのか?」と聞かれる。その答えにいつも困ってしまうのだが、今回は日本ではテレビでダイジェストだけではなく、試合やレースを放送していると聞いたので、「人気が高まりつつある」と答えるようにしている。

五輪と同じく、平昌には日本選手団のコンディションの調整を支援するハイパフォーマンス・センターが設置された。パラリンピックでは夏の16年リオ大会に続いて2回目。トレーニング室には車いすの選手が腕でハンドルをこぐマシンなどを設置。五輪後にスロープを取り付けるなど、施設もパラリンピック仕様に変わっていた。

日本選手団公式ユニフォームは五輪と同じものだが、今回は初めて車いすユーザーの選手向けのデザインも採用されている。これまでは立位の選手と同じもので、車いすの選手にとっては丈が長かったり、ポケットが車いすで隠れて使えなかったりしていたが、今回は短めの丈になり、車いすを操作する際にタイヤに接触する袖の部分が補強されている。「ストレスなく移動できる」と選手たちには好評だった。

江陵のサムギョプサルの店にて。店のオモニが肉を焼いてくれる

また会場やメディアワークルームには、大勢のボランティアが配置され、活躍している。困ったことがあれば助けてくれる心強い存在だ。しかも若い世代が多く、いつも笑顔。だいたい英語が通じる点も助かる。こちらの質問が担当外だったとしても、たらいまわしにするのではなく、あの手この手を尽くして真摯に答えようとしてくれるので、とても有難かった。これまで10大会のパラリンピックを観てきた経験上、このボランティアの対応力の高さが大会の印象を左右すると思っている。2年後の東京オリンピック・パラリンピックでも期待したいところだ。

一方、街のタクシー運転手や江陵の街の飲食店などではほとんど英語が通じなかった。飲食店では五輪に向けメニューに日本語表記を入れた店もあったが、ない店のほうが多い印象だ。ただ、そこはインターネット先進国の韓国。店のオモニ(おかあさん)がスマホの翻訳アプリを駆使して、あれこれと教えてくれる。うどんだと思って注文したら、チキンスープだったりしたこともあったけれど、身振り手振りを交えた韓国の人たちとのコミュニケーションも、いつしかささやかな楽しみのひとつになっていた。言葉が通じなくても、どんと構えて受け入れてくれるやさしさのおかげで、食事も酒もよりおいしく感じた。

大会は18日に閉幕する。大会取材に死力を尽くすのはもちろんのこと、最後までこの熱い雰囲気を感じていたい。

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