

2025年11月15日、ついに東京2025デフリンピックが開幕しました。日本で開催される初めてのデフリンピックです。TEAM BEYOND観戦会としても初となるデフリンピック観戦会が催され、第1回に女子バレーボール、第2回に陸上競技を観戦しました。今回は、その第1回女子バレーボール観戦会の模様をレポートします。
11月16日(日)、日本代表の初戦を観戦しました。今大会女子バレーボールは全8チームがA、B2つのグループリーグに分かれリーグ戦を行い、その結果により決勝トーナメントの組み合わせが決まります。A組の日本は、本来初戦で対戦予定だったケニアが直前に欠場し、急遽、イタリアと戦うことになりました。イタリアは、ヨーロッパの強豪国です。
当日は、観戦ナビゲーターとして長年パラスポーツを取材しているライターの宮崎恵理(みやざき えり)さんにデフリンピックやデフバレーボールの基礎知識、見どころなどを解説していただきました。さらに、特別ゲストとして、元女子バレーボール日本代表選手として2012年ロンドンオリンピックに出場した狩野舞子(かのう まいこ)さん、手話通訳ユニット『ケーマトーマ』のお一人であるトーマさんをお招きし、それぞれデフバレーボールや、手話での応援について解説いただきました。


初めての日本開催 デフリンピック
デフリンピックは、パラリンピックよりずっと歴史が古く、1924年、フランス・パリで第1回大会が開催されました。デフリンピックに出場できるのは、聴覚に障害のある選手だけです。補聴器などを使用しない状態で聞こえる、もっとも小さい音が55db(デシベル)を超えていること、という規定があります。55dbは、静かな場所での普通の会話が聞き取れないという状況です。
聞こえない、聞こえにくいということだけでなく、体のバランスを保つ三半規管などにも影響があると言われています。音による情報が得られない、平衡感覚がとりにくいということが、聴覚障害の特徴として挙げられます。
100年の節目を迎える大会には、79の国と地域から約2800人の選手が集結。今大会、どの競技会場でも無料で観戦することができました。観戦会が行われた16日(日)、会場となった駒沢オリンピック公園総合運動場体育館には、開場前から長い行列ができていました。デフリンピック、バレーボールの人気は競技初日からオーバーヒート状態でした。
デフバレーボールの観戦会に集まった参加者は、82名。ゲスト解説者も一緒に記念の写真撮影をしたのち、アリーナのスタンドに着席しました。東京2020パラリンピック以降、パラスポーツは認知度、人気ともに増加傾向にありますが、直接デフリンピックを観戦したことがあるという人はほとんどいない、という状況です。まずは、デフリンピックの歴史や参加する選手について、基礎的な情報をお伝えしました。
金メダル目指して! 日本代表女子チーム
デフリンピックにおけるバレーボールでは、日本代表は男子が1977年ブカレスト大会から出場しています。女子日本代表は、1985年のロサンゼルス大会で初めて銅メダルを獲得。さらに1989年のクライストチャーチ大会でも同じく銅メダル、2001年ローマ大会で初めて金メダルを獲得しています。日本では、バレーボールは1964年の東京オリンピックで女子日本代表が金メダルに輝いた時代から人気スポーツの一つですが、それがデフリンピックにも生かされているのかもしれません。
現在の女子日本代表チームも、これまで以上の躍進を見せています。2011年に川北(旧姓:狩野)美雪監督が就任。2013年のソフィア(ブルガリア)大会で銀メダル、2017年サムスン(トルコ)大会では金メダルを獲得と、快進撃を続けています。2022年のカシアス・ド・スル(ブラジル)大会では、残念ながらコロナウイルスによる感染の影響で、日本代表は途中棄権しましたが、2024年に沖縄で行われた世界選手権では、優勝を勝ち取っています。
川北監督は、ゲスト解説者・狩野舞子さんのお姉さんでもいらっしゃいます。同じく元日本代表選手として、2008年北京オリンピックにも出場しました。現役引退と同時に、デフ女子バレーボールの監督になりました。
「姉が監督に就任してから、私も何度もデフバレーの練習に参加して一緒にプレーをしています」
そう、狩野さんが語ってくれています。
「チーム発足時から、粘り負けしない守備を徹底的に強化してきました。ミスを出さない、ラリーが続く場面でその1本を勝ち切る、という練習もやってきていると聞いています」
それこそが、女子日本代表の強み、武器だと語ってくれました。
「日本は、セッターの中田美緒(なかた みお)選手から繰り出されるコンビバレーが攻撃の要になりますが、そこに至るまでの守備、そしてつなぎに注目してほしいですね」
今大会出場の女子日本代表チームの特徴は、全員が10代、20代の若い選手で構成されていること。とはいえ、金メダルを獲得した2017年サムスン大会を経験しているベテランがしっかりとチームを支えています。
注目選手について、狩野さんに紹介していただきました。
「セッターの中田選手を筆頭に、チームキャプテンの梅本綾也華(うめもと あやか)選手、エーススパイカーの梅本沙也華(うめもと さやか)選手(2人は双子の姉妹)、さらに副キャプテンの平岡早百合(ひらおか さゆり)選手。中田選手と平岡選手はデフリンピック金メダル経験者で、このチームを引っ張ってきました。綾也華選手は、スパイカーですが、守備が得意です。この4人が中心になって安定した守備からの攻撃を組み立ててくれると思います」
デフリンピックで登場 サインエール
東京2025デフリンピックでは、聴覚に障害のある選手たちに「目で見える」応援をしようと、「サインエール」が開発されました。手話をベースに、遠くのアスリートたちからもわかりやすいように工夫された応援の動作です。
試合前、トーマさんに、手話も交えながら、手話とサインエールについて解説していただきました。
「昨日もサッカー会場で選手たちからお話を聞いたのですが、サインエールが見えると、ものすごく力になるって言っていました」
サッカーのスタジアムでもよく見える、サインエール。
「一番シンプルなものをご紹介しましょう。手話で拍手は両手を上に上げて、手のひらをひらひらさせます。その拍手の手話をベースにした“行け〜!”というサインエールです。ひらひらの状態から両手を一気に前に下ろす。ひらひら、下ろす。これを3回繰り返します」
実際に参加者のみなさんもトーマさんの動きに合わせてやってみます。
反対側のスタンドでも同じようにサインエールを送っている人たちの姿が、くっきりとこちら側にも見えています。観客席いっぱいのサインエールが選手に届くことが、送っている観客自身も実感できる応援です。

vsイタリア 第1セットから白熱の展開に
試合に先駆け、両チームの国歌斉唱が行われました。君が代が流れる中、選手たちはスタッフとともに手話で君が代を斉唱していました。
いよいよ、試合開始です。先発メンバーがコートに並びます。普段の練習の時とは違う、緊張感のある引き締まった表情です。イタリアのサーブで始まりました。イタリアは、2017年サムスン大会の決勝戦で対戦したチーム。長身の選手が揃い、スパイクも強烈です。ブロックも高い。この体格差をどう日本が攻略していくかが、勝敗のカギとなります。
イタリアに先制されましたが、日本も梅本(沙)選手のスパイクや巧みなブロックアウトで得点を重ねます。その後、長いラリーの末イタリアのフェイントが決まったところから徐々に点差をつけられていきました。

「初戦は、本当に緊張するんです。まして、自国開催。昨年の沖縄での世界選手権も観戦しましたが、今日は体育館いっぱいの観客がいる。選手たちにとってはいつもとは違ったプレッシャーだと思います」
その緊張感が、イタリアにリードを許す結果になっているのかもしれません。
「やはり、イタリアのブロックが高い。まともに当たってしまうとシャットされてしまいます。イタリアはサーブも素晴らしいし、ディフェンスも粘っていますね。今は日本のやりたいことを、イタリアがやっている、という感じです」
4−9の場面で川北監督がタイムアウトを要求します。
「選手同士、“落ち着こう”って言い合ってますね。監督はポジティブな言葉を選手たちにかけているみたいです」
タイムアウト中の手話から、トーマさんが選手たちの様子を教えてくれます。
狩野さんは、初戦にはよくある展開だと解説してくれます。
「初めての体育館の見た目の印象に、デフの選手たちが慣れる時間でもあるんです。バレーボールは流れのある競技ですから、まだまだわからない。これからですよ!」
途中、選手がタッチネットする場面では、主審、副審が大きくネットを揺らして選手に試合が止まったことを知らせます。デフバレーボールのルールは一般と全く同じです。主審と副審による、こうした選手への合図だけが異なります。
日本が徐々に追い上げて1点差まで詰め寄りましたが、1セット目は23―25で、惜しくも日本が落としました。

続く2セット目は、平岡選手の強打、梅本(綾)選手、さらに長谷山優美(はせやま ゆうみ)選手の速攻が次々と決まり、イタリアを大きく突き放していきます。また、高校3年で左利きの岡田夕愛(おかだ ゆあ)選手がライトから強烈なスパイクを叩き込み、拍車をかけていきます。第2セットは、日本が25−16という大差で勝ち取りました。
「コートの中の選手とベンチの選手たちが試合中も目を合わせながらプレーしているんです。聴覚障害者にとって、アイコンタクトはとても大切なコミュニケーション。日本チームの結束の固さをすごく感じますね」
そう語ってくれるのはトーマさん。トーマさんは、試合中のサブメンバーたちによる応援にも注目しています。
「選手一人ひとり応援の仕方を変えていて、すごく力を送ってますよね。見ているこっちが元気になるくらいです」
落ち着きを取り戻した日本チームは、第3セットも終始リードを保ち、25−20。第4セットも25−16と危なげなく勝利しました。
日本らしい守備からのコンビバレーを展開し、イタリアを圧倒した初戦。観戦した参加者からも多くの喜びの声が寄せられました。
「バレーボールの観戦そのものも初めて。解説があったのでわかりやすく楽しかったです」
「実況での解説なので、その場で直接今起きていることを聞けるのがよかったです」
日本で初めて開催されるデフリンピックということで、解説付きでの観戦会が聴覚障害のある選手たちやデフバレーボールというスポーツへの理解を深めてくれたようです。
「自分ではなかなか知ることができない手話やサインエールを教えてもらったことで、興味が高まりました」
「狩野さんの本格的なバレーボール解説が聞けるなんて! 楽しかったです」
ゲスト解説者の競技や手話に対する解説から、それぞれの熱い気持ちも受け取っていただきました。

さまざまな方々な参加者と一緒に観戦
TEAMBEYOND観戦会では、解説やゲストのトークの音声を、配信で聞いていただくサービスを実施しています。デフリンピックの観戦会には、聴覚障害のある方々にも参加いただきました。「聞こえにくい」環境でも観戦会を楽しんでいただくために、解説の音声を手話通訳でお伝えするだけでなく、RICHO社のPekoeというシステムを使って解説の音声を文字化して表示するシステムも利用いただきました。
さらに、NTTコノキュー社のスマートグラス・MiRZAも準備しました。スマートグラスとは、メガネ型で装着するウェアラブルデバイスで、試合を見ながらメガネの視界の中に、観戦会の解説をリアルタイムで文字化した情報や、会場の案内、関連する動画などをハンズフリーで同時に見ることができるものです。着用された方からは、「試合をより深く知ることができた」「試合の動きがわかりにくい時も解説の文字を見ることで内容がよくわかった」「より臨場感を感じられた」など、様々な情報をスマートグラスを通して「見る」ことで、より深く、観戦を楽しんでいただけました。


また、車いすをご利用の方、視覚障害のある方にも参加いただきました。満員となった駒沢体育館の熱気の中、日本チームに声援を送っていらっしゃいました。
日本女子チーム 金メダル獲得!
女子日本代表は、初戦のイタリア戦の後グループリーグのアメリカ戦をストレートで勝利し、グループ1位通過で決勝トーナメントに進出。準決勝で対戦したウクライナとはフルセットの激闘を勝ち抜き、決勝戦へ。
11月25日に行われた決勝戦で日本はトルコと対戦し、25−8、25―21、25―20の完勝で金メダルを獲得しました。
「金メダルをかけてもらった瞬間、これまで続けてきてよかったと本当に思いました。楽しむことに専念して、とれた金メダル。聞こえない子どもたちに、デフバレーの魅力を伝えていきたいと思います」(梅本綾也華主将)
「2017年ソフィア大会で金メダルを獲得していますが、次の大会では途中棄権でした。本当の意味での金メダルを獲得できて、これまで応援してくれていた全ての人に感謝の気持ちを伝えたい」(中田選手)
「攻め込まれる場面もあったが、合宿ではそういう展開も想定して練習をしてきました。高いブロックが目の前にあっても、ぶち抜いていこうという強気な気持ちのままプレーを続けてこられました」(梅本沙也華選手)
聴覚に障害のある選手たちは、コートの中でシンプルなハンドサインを共有し、互いの表情、目をしっかり見てプレーすることで、金メダルの栄光を掴み取ったのでした。
「初戦の1セット目を落としたこと。それは、緊張を強いられる自国開催の今大会で想定していたことでした。でも、決して諦めず何度でも向かっていくことを練習から共有してきた。それが、初戦の勝ち、そして準決勝の苦しいウクライナ戦を最後に勝ち切る力になりました」(川北監督)
選手たちがまだ中学生の頃からていねいに指導を続け、世界一のチームを作り上げてきた川北監督。選手たちは、決勝戦で勝利した後、監督を胴上げで讃えました。3度、宙に舞った監督は、日本チームの笑顔の中心で静かに微笑んでいました。
大盛況のうちに終わった東京2025デフリンピック第1回観戦会。デフバレーボール日本代表の人気は、ここからさらに上昇していくに違いありません。それとともに、聴覚障害に対する理解が深まり、コミュニケーションの輪が広がっていく社会に期待したいと思います。
