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“夏冬”二刀流! マルチに活躍するパラアスリートたち

2018.03.10
“夏冬”二刀流! マルチに活躍するパラアスリートたち

冬季パラリンピックは3大会目となる佐藤圭一。
リオにはパラトライアスロンの選手として出場した=2017IPCノルディックスキーワールドカップ札幌大会:撮影/荒木美晴

3月9日に開幕した平昌パラリンピックに出場する日本代表選手のなかに、夏季のリオパラリンピックにも出場した選手が2人いる。クロスカントリースキー/バイアスロンの佐藤圭一(エイベックス)とパラスノーボードの山本篤(新日本住設)だ。ふたりはそれぞれ、パラトライアスロンと陸上で活躍した。二刀流として世界に羽ばたく彼らを紹介しよう。

佐藤圭一(パラトライアスロン+クロスカントリースキー/バイアスロン)

“夏冬”二刀流! マルチに活躍するパラアスリートたち

先天性の左手関節部欠損の障がいを持つ佐藤は、冬季の大会では平昌が3大会目の出場となる。

種目はクロスカントリースキー/バイアスロンで、その端正な顔立ちから”クロカン王子”と呼ばれる。佐藤が”クロカン”に初めて出会ったのが、19歳の時に開催された長野パラリンピック。当時、新聞記事を見てふらりと観戦に出かけたところ、片腕の選手がストック1本で力強い走りをしている姿に圧倒されたという。その4年後、自分と同じ障がいクラスの新田佳浩(日立ソリューションズ)がソルトレーク大会で銅メダルを獲得したニュースに刺激を受け、まったくやったことがなかったクロスカントリースキーに挑戦することにしたそうだ。

だが、そこからの行動力がすごかった。パラリンピック出場を目標に定めると、仕事を辞め、アパートを引き払い、武者修行のため単身カナダに渡ったのだ。スキー場でアルバイトをしながら基礎を学び、帰国後は日本代表の荒井秀樹氏を訪ね、バイアスロンの代表合宿に参加。本格的に競技を追求していった。

(写真:平昌パラリンピック日本選手団結団式で意気込みを語る佐藤:撮影/植原義晴)

しかし、バンクーバー、ソチとも入賞はならず。世界との距離を縮めるため猛特訓した結果、オーバーワークでケガをしてしまった佐藤は、その経験から夏場のトレーニングに自転車と水泳を取り入れるように。それをきっかけに、14年からトライアスロンへの挑戦が始まった。リオパラリンピックは、ドーピング問題でロシア勢が排除されたことによる繰り上げ出場。結果は11位だった。

夏と冬それぞれの競技のピークを考えれば、両立することがいかに大変かわかる。だが、佐藤は「どちらも本業。自分の性格上、どっちともトップレベルに達しないと気が済まないから両方やる形になった」と笑う。平昌では、得意のバイアスロンで表彰台を狙う。射撃の精度は、「今季後半には90%まで上げてきた」といい、「平昌では100%でいきたい」と言葉に力を込める。

山本篤(陸上+パラスノーボード)

パラスポーツの世界で彼の名前を知らない者はいない。下肢切断などのクラスで、北京とリオの走幅跳で銀メダル、リオでは400mリレーでも銅メダルを獲得している”夏のパラリンピックの顔”ともいえるアスリートだ。義足のジャンパー・山本は「鉄人」とも称され、2020年東京パラも出場を狙っているが、2017年1月にスノーボードで平昌パラに挑戦することを発表し、世間を驚かせた。

実は、スノーボードは中学1年で始めており、そのキャリアは長い。高校2年でバイク事故に遭い、左脚を切断した後も、最初にやったスポーツはスノーボードだったという。その後、競技用の義足との出会いがあり陸上を始めたが、スノーボードもずっと趣味で続けてきた。

発表後に挑んだ国内の選手権で優勝し、強化選手に選ばれると、今季はワールドカップにも出場した。今回はIPC(国際パラリンピック委員会)の招待枠が配分され、出場が決まった。

平昌では、ジャンプ台やウェーブなどで構成されたコースを複数人が同時に滑って戦うスノーボードクロス、旗門を設置したコースを3回滑走し最速タイムを競うバンクドスラロームの2種目が実施される。山本は、ひざ上障がいのLL1クラスで、2種目ともにエントリー予定だ。「ベストを尽くす」と話す山本のレースに注目したい。

(写真:山本篤は夏のパラリンピックの銀メダリスト。平昌パラリンピックではパラスノーボードに出場する=平昌パラリンピック日本選手団結団式:撮影/植原義晴)

“夏冬”二刀流! マルチに活躍するパラアスリートたち

文:荒木美晴(MA SPORTS)

20180310

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