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スポーツの国際大会が開催される「最高の病院」 ~パラスポーツ事情・スイス編~

2018.01.23
スポーツの国際大会が開催される「最高の病院」 ~パラスポーツ事情・スイス編~

スイス・ノットウィルにあるパラプレジックセンター正面玄関。施設内には、病院とは思えないオシャレなテラスやアート鑑賞ができるオブジェが点在する。

スイスの「パラプレジックセンター」。

ここをご存知の方は少ないだろう。あるいは多くの日本人にとって、信じられないような施設ではないだろうか。何より日本の障がい者にとっては、うらやましい限りの施設である。なぜなら、ここは障がい者の自立をサポートするだけでなく、ライフクオリティを上げるための工夫が随所に凝らされているからだ。病院以外に、宿泊施設、スポーツや文化施設など、心地よく生きる環境が「普通」にある。

「パラプレジックセンター」とはどのような施設なのか、ご紹介したい。

ライフクオリティー向上にこだわった環境

スポーツの国際大会が開催される「最高の病院」 ~パラスポーツ事情・スイス編~

施設内にある自動車整備工場。車椅子ユーザーでも使用しやすいように改造が行われていた。

全体の外観はもちろん、門をくぐっても「ここ」が障がい者のための施設とは、まったく想像ができない。知らなかったら、おしゃれなカフェテリアかショッピングセンター、あるいは美術館にでも来たという感覚になる。しかし、本体は病院なのだ。

日本でもレストランなどが充実したきれいな病院は増えたが、やはり病院の域を出ない。だが、「パラプレジックセンター」はそもそもの考え方が違うのだ。障がい者のライフクオリティを上げるために必要な設備が徹底的に考え抜かれ、当然のようにある。

病院(約140室)やリハビリセンター以外に、居住施設、障害者が普段の生活に戻る、あるいは元の仕事や新たな職に就けるためのサポート施設、プールや競技場、体育館などの文化施設、復帰した際、車が必要なために人のため置かれている車両の改造施設、車いす・義手・義足の修理部門、自宅住居をリフォームする建築アドバイス部門、研究施設など、最適な生活をするためのさまざまな施設や設備がノットウィルの街を一望できる広大な丘に完備されている。

しかも、利用するのに「一人で動けるのか」といった、日頃日本の障がい者が感じるストレスは一切ない。そもそも……、必要な施設を利用するのにストレスや不便を感じること自体、おかしな話である。

施設と会員はギブ&テイクの関係であること

スポーツの国際大会が開催される「最高の病院」 ~パラスポーツ事情・スイス編~

病院(右奥)以外に国際大会が行える陸上施設(左)や文化施設、研究施設も充実している

当センターは1990年、「スイス国内に障がい者をより良くサポートする場所や環境がない」と気づいたドクターZACH氏により設立された。設立資金を集めるためにドクターが考えたのはメンバーを募ること。現在、多少の寄付金もあるが、約180万人の会員からの年会費合計7千万フラン(1スイスフラン113.4円:2017年10月現在)で施設の全運営が賄われている。つまり公的資金は一切入っていない、民間の施設なのだ。

そして驚かされるのが、会員が万が一事故などに遭った場合、会費から会員に20万フランが還元される点だ。どんな事故・障害でも自由に使っていい、ギブ&テイクがドクターの考え方である。

かなりの高額ではあるが、その背景にはスイスの物価の高さが影響していると思われる。聞くところによると平均月収が約60~70万円、年収1000万円を超える人は珍しくないという。より良い生活、サポートを考えたら、あるいは負った障害によっては家をリフォームせざるを得ないことを考えると、破格とは言い切れないかもしれない。

もちろん会員以外の人も、スイスは保険加入が国民の義務であるため、その保険で施設が利用できる。ただし、万が一の場合の20万フランは支払われない。

スポーツのする・見る環境が山ほどある

スポーツの国際大会が開催される「最高の病院」 ~パラスポーツ事情・スイス編~

車椅子をモチーフにしたオブジェ。

さらにこの施設で驚くのは、ここで毎年、パラ陸上グランプリシリーズや自転車の国際大会が開催されていることだ。もちろん、患者たちは観客として参加できる。多くのパラスポーツ競技にここでは接することができるため、将来有望な選手が育つ環境が揃っている。マルセル・フグ(パラ陸上、3種目の世界記録保持者)やマニュエラ・シャー(マラソ世界記録保持者)といったメダリストも当センターが主宰するジュニアキャンプから育った。この施設を利用する子どもたちは、間近に一流選手に接し、「本物を見て」目を輝かせている。

「パラレジックセンター」は、障がいを意識せずに「チャンスがある」と思える場だ。約1300人の常勤スタッフと共にみんなで「明日」を目指す施設なのだ。

2020年まで「あと2年」。8月25日のパラリンピック開会式はおそらく盛大に行われるはずだ。東京で開催されるだけに、当然日本選手の活躍に注目が集まるだろう。選手たちが思いっきり活躍できるように、「パラプレジックセンター」にヒントを見いだしたい。

取材・写真:越智貴雄
構成:棟石理実

20180123

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